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スクラップ
2010-10-13 Wed 14:35
今日ですね、変なことが起きました。
外で軍曹@家内が作業していると一台の軽が停まりました。すると助手席の作業着を着た男性が降りて来て

拉致られそうに

はならなくて
「あの~こちらのアパートのオーナーさんがこちらに住んでると聞いて来たんですけど」
「ああ、私だが何用だ?」「ええ、わたしですけど」
どうやら近くに駐車場を借りて置いてあるXantiaをそこのオーナーさんから、ウチが持ち主と聞いてやって来たらしい。そのやって来た方々はスクラップ屋さんとわかり
一体、スクラップ屋と何が関係あるのだろう、といぶかしんでいると
「え~と、あの置いてある…」
どうやらXantiaが出てこないらしい。
いや~、かっこよすぎて売ってくれなどというハナシなのだろう。
大枚を積めば考えないでもないぞ(フフフ)

「良かったら解体させて貰えませんか」

「えっ?」

「シトロエンなんでいらないかなと思って」
XantiaじゃなくてCitroenが出てこなかったらしいorz





シ、


シトロエンだから














だと~(怒)

「いや、主人が好きで置いてるんで」
顔が引きつりながら断ると出し掛けていた名刺を慌てて引っ込め、
逃げるように去って行ったそうです(笑)
名刺くらい置いて行けば良かったのにねぇ。

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Project X1挑戦者たち(笑)
2008-02-10 Sun 16:55
PSAがBXの後継モデルとして研究を開始したのは様々な資料から1887年に始まったようです。ご存知のようにその後継モデルがXantiaです。このプロジェクトでは単に「X1」と呼ばれプレス用資料にもX1の名前しかありませんでした。CX以来のシトロエンは車の名前に必ずXが使われていますが(それ以前はS)西洋ではXは未知なる物という意味があるので開発コードに使われる事がしばしばです。
で、Xantiaの場合もXが入っています。Xantiaとは小川の光を意味するXanthos{クサントス}を語源とする造語で、日本ではエグザンティアと表記されるのですが「クサンティア」の方が近い発音のようです。そういえばSAXOは日本での名前が「シャンソン」なんていう変な名前で出されたんですが、コレは名前の中に「クソ」なんて入ると不味いからから、という話があります(笑)

話を戻しましょう。
X1で始まったXantiaの開発ですが、デザインはベルトーネとされています。これは確かに間違いではありません。しかしデザインの検討がベルトーネ一社でされたのではないのです。1997年に始まったBXの後継車の研究は3つのプロジェクトで始まっています。PSAとシトロエンの社内デザインとベルトーネによる社外デザインの競作という形を採っています。
最初に承認されたデザインはJean Giret(ジーン・ジレット)の手によるデザインでした。

xanpro7.jpg


ご覧頂くと良く判るのですがリアのスパッツが残されBXの面影を残したデザインです。全体的にズングリしていて良い意味でも悪い意味でもシトロエンの匂いがします。
ベルトーネの線で行こう、という所まで決定していながら実は3つのプロジェクトという事はかなり後まで変わらなかったようです。ベルトーネの方ではDan Abramson(ダン・アブラムソン)のスケッチに切り替えて最終的にはこのデザインが採用される事になってもPSAもシトロエンも開発を続けていました。XMがベルトーネの案で決定されるとPSAもシトロエンデザインセンターもとっとと研究を止めたのとは大違いです。
xantia000.gif

yellowxantia.gif

上2点Dan Abramsonのスケッチ

下の写真を見れば一目瞭然ですが、3社とも完成度の高いモックアップを製作しており、Jean Giretのモノでさえ1/8の検討モデルが製作されています。
xanpro1.jpg

PSA案
xanpro3.jpg

シトロエンデザインセンター案
xanpro2.jpg

ベルトーネ案
xanpro8.jpg

Jean Giret1/8検討モデル

どうしてこのような方策を採ったのかはハッキリしませんが、もしかすると外部デザインから(この場合ベルトーネ)と決別し内製デザインへ移行する為のスタディーとして行ったのかも知れません。シトロエンとベルトーネの関係はかなり古く2CVのデザインにも関ったとされています。社内デザインとされているモデルにも何かしら関係してきたのですが、シトロエン自体の台所事情が芳しくなかった事が社外デザインとの決別を模索しなければならなかった原因になる事は容易に想像できます。
結果的にベルトーネのデザインを採用している訳ですが、シトロエン単独のデザインやPSAのデザインで発売される可能性も十分にあったでしょう。
それとXantiaがXMとZXの中間を埋めるモデルでありこの2台がベルトーネのデザインだった事も影響しているでしょう。デザインコンセプトを統一する事が第一義にあり、3台のモックアップが全体的に酷似している事から社内デザインもそのコンセプトでデザインを行ったと推測されます。

しかしベルトーネのモデルは殆ど市販モデルと変わらないフォルムとディテールに達しており、このまま発売されたと言っても過言ではないと思います。
xanpro11.jpg

xanpro12.jpg

xanpro13.jpg

当時の雑誌に発表されたX1の予想図

内装のデザインは紆余曲折があったようでサテライトスイッチやステアリングのスポーク数などで相違が見られます。
シトロエンデザインセンターのものではXM風のワンスポークのステアリングにサテライトスイッチが付いたデザインがかなり後まで残っていたようです。BXでもGSでもこういったキワモノ的な部分が常にあるのは如何にもシトロエンらしいのですが、どのモデルもその後普通になっているのに全く懲りていません(核爆)
xanpro6.jpg

ベルトーネのモノはステアリングこそ一本スポークですがその他はほほ生産車と変わらないデザインです。良く見るとダッシュ上にメーターらしきものがあるのですが、これは情報集中表示パネルだったようです。これくらいの遊びはあっても良かったかも知れません。
xanpro5.jpg

下のスケッチではステアリングは3本のスポークに変更され、ダッシュ上面も見慣れたものとなっています。最終的には3本ではなく4本スポークのステアリングで発表されていますがここにオーディオコントロールが装備されていて最後までサテライトスイッチに拘るシトロエンが垣間見られます。
cocpit00.gif

この室内はアクティバのものですが、シフトレバーの前方に見慣れないスイッチがあります。もしやこれは悪名高い「暗証テンキー」ではないでしょうか?XMで不評だったのにまたやってしまったね。
全く懲りてませんねシトロエン(苦笑)
dashboardActiva.jpg

93年、Rennes-La Janais工場で生産されたXantiaが世界に旅立って行きました。
64-Xantia-600.jpg

68-Xantia-kar600.jpg

70-Xantia-d-600.jpg

さて、95年からラインナップに加わったブレークですが、ブレークは南西フランスにあるHeuliez社で開発製造されました。元々この会社は他社からパーツを提供してもらいスペシャルモデルなどを生産するニッチ的な役割の会社でフランス以外にもドイツのメーカーなども手掛けています。シトロエンとは1936年から関係があり、DSのカブリオレもこのメーカーが生産していました。プジョー205ターボ16を作っていたメーカーという方が分かり易いかも。
ブレークはシトロエンの工場から提供される部品をHeuliez社でオリジナルのボディーパーツなどで組み立て直接ディーラーに納品するシステムになっています。
1995年から2000年までの5年間にHeuliez社で147,620個の部品がXantia Breakの為に生産されたと記録にあります。
break00.gif

break0.gif

xan_heuliez2.jpg

日本には未導入だった珍しいグレードという事でBuffalo 4x4もご紹介しておきます。
これはBreakのヴァージョンでしてHeuliez社が開発したへヴィーデューティー4駆モデルです。エンジンは115馬力を発生する2.1リッターのディーゼルターボを搭載し、トランスミッションとシャシーは英国にあるFDR-RICARDO社が開発。サスペンションは勿論ハイドラクティブサスペンションでした。
4輪への伝達にはリアにトルセンデフ、センターにビスカスLSDを備えるものでした。
内装もベーシックのXantiaと随分赴きが異なり派手です。
buffalo2.jpg

buffalo3.jpg

buffalo1.jpg


最後に計画され実現しなかった2つのヴァージョンをご覧頂きたいと思います。
ひとつはクーペです。
大変、完成度が高く即生産ができる状態までできていたと推測されます。しかしシトロエンは自社ブランドにそういう顧客、或いは市場が形成されていないと判断して、生産のGoサインを出しませんでした。結局、ここで培われた実験やデザインはプジョー406クーペに引き継がれる事となるのです。
xantiacoupe.jpg

xancoup1.jpg

xancoup2.jpg


そしてもうひとつがカブリオレです。ブレークを生産するHeuliez社が提案したもので、このカブリオレは幌ではなく収納式のハードトップを備えていました。結局これも日の目を見る事はできず、プジョー206CCでやっと完成するのです。
xantia_hardtop.jpg

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ジキルとハイド(ロ?)
2008-02-02 Sat 12:38
大変難しい注文を出されてしまいました。
Xantiaのturbo 4x4です。
それもそのはずで、ZXの時と違ってメディアからの情報が丸でないからです。少なくともこのクルマに関しては日本人が書いた記事にはヒットしませんでした。
今回お送りする内容は、普通のXantiaが「ジキル博士」だとすると「ハイド氏」に相当するものだと思います。

このマシンを紹介するにはヨーロッパのラリー事情について説明する必要があると思われます。
我々が良く知るWRCはその名前が示すとおり正に世界を股に掛け戦われるレースです。このWRCは日本メーカーも参加している事からメディアの露出率も高く情報も多くなっているのですが、その下のマイナーレースになると途端に情報がなくなります。まあ、国内のラリーだって専門誌以外では載らないか載っても小さく扱われる事なので大差はないかも知れないですね。
ヨーロッパでも同様な各国単位で行われるラリーとヨーロッパ・ラリー選手権があり、シトロエンもパリ・ダカのような大きなレース以外にこういったレースに参加していました。
BXもWRCのような大きなレースにこそほとんど参戦していませんが、4x4 TURBO 16 STやRCでラリークロスやツーリングレースなどに常時参戦。4気筒1721ccDOHC16V+ターボチャジャーで380psのエンジンを搭載。特にラリークロスでは元々BXの素性が良かったらしく戦闘力は高かったようです。91年と93年にはチャンピオンになっています。

bxturb1.jpg


bxturbo1.jpg


この93年はBXがワークスとして最後の年となり、Xantia Turbo 4×4 Rallycrossに引き継がれます。Xantiaは93年から2000年までの間ラリークロスの主力として使われデビューの93年に早くもヨーロッパチャンピオン、94年と95年にはフランスチャンピオンになっており数々の勝利をワークスにもたらす事となりました。
エンジンはCTターボエンジンだと思われがちですが、Xantiaのものではなく、BXに搭載された4気筒コンペディションエンジンを1905ccに拡大して搭載され、その出力は550psに達しました。その後97年には650psまで出力を引き上げられ、最終版となる99年では排気量を1998ccに拡大しほぼ700psを捻り出していました。画像を見てお分かりの様に、エンジンは横置きではなく縦置き!にレイアウトされていました。
初期の94年まではオーバーフェンダーは控え目なものでしたが、その後トレッドがどんどん拡大され車体重量が増大してきました。戦闘力を回復する為、何とハイドロサスペンションをコントロールする高圧ポンプやアキュームレーターなどを降ろしてしまいます。軽量化ですね。しかし、あのシトロエンがハイドロサスペンションから通常のサスペンションに切り替えるはずはありません(笑)
どうやってコントロールするかというと、レースの直前に外部ポンプをハイドロシステムに接続し、車体の高さをセットします。そして、システムが閉じられレースの間は一定の圧力を保ちハイドロが機能するようになっています。装着されたスフィアにはガス圧が管理できる機能があり、また個別に接続できるようになっていました。つまり長丁場のレースでは燃料補給やタイヤ交換に加えサスペンションの圧力チェックも行っていたと考えられます。

そこまでやるかシトロエンですね(苦笑)

この時代まではハイドロの可能性を本気で試そうと思っていたとしか思えません。ちょうどこのXantiaではハイドラクティブⅡを搭載した時期であり、次世代サスペンションとしてアクティバが投入され、アクティブ・サスペンションとしてのハイドロシステムの完成を急いでいた時期です。その本気さが、このXantia turbo 4x4 Rallycrossにも表れていたように思えます。残念な事に、アクティブ・サスペンションとしての開発はXantiaのみで終わってしまいました。コンペディションモデルでもハイドロは採用されなくなり、市販車においても嘗てのハイドロへの夢、というかシトロエンの持っていた理想主義は影を潜めたように思え寂しい気もします。
その後、次世代WRカーであるXSARAに主力を明け渡しましたが、グループB時代の面影を残すレーシングカーとしてXantiaは特別印象深いものでしょう。

sport1.jpg

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さて97年のパリ・ダカのレギュレーション変更を受けシトロエンは主戦場を国内ラリーやヨーロッパ・ラリークロス・チャンピオンシップに移した為、更にそのウェイトが高まってきました。
では何故日本では採り上げられないようなレースにシトロエンは参戦し続けたのでしょう。
実はヨーロッパでのラリー人気は大変高いのです。とりわけフランスにおける人気は格別でF1をも凌ぐとさえ言われます。しかも戦績が販売に大きく響くとあって各社が鎬を削る場でもあります。当然Xantiaの場合もActivaやV6モデルを売る為のものでした。従い、フランス車のスポーツヴァージョンはラリーやツーリングレースのイメージと直結した所があり、日本人が考える「フランス車像」よりずっと走りの印象が強いと言えるでしょう。一旦、WRCから撤退したプジョーでさえF2クラスに306Maxiを投入し、99年には206WRCで完全復活したくらいです。

面白い事に、調査を進めているとXantiaをベースにしたクーペがPSAで検討された事が分かってきました。93年当時の事でXantiaはもしかするとクーペがヴァリエーションに加えられデビューする可能性が高かったようです。エンジンはXMのものが搭載される予定でスポーツヴァージョンとして開発されていたようです。Xantiaは最初から本当にV6エンジンを前提とした設計が行われたとされる根拠はこれではないかと思われます。しかし結果的にPSAはXantiaではなくその後に登場する406に開発ノウハウを委譲します。

今回、貴重な動画としてCGの動画をUPしました。著作権の事もあってUPは差し控えようかと考えましたが、サイズとクオリティーを落としてUPする事にし、原版が欲しい方は是非バックナンバーでご入手頂ければと思いUPに踏み切りました。




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