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砂漠に咲く華
2008-01-27 Sun 18:32
こ~んずさんからご要望(笑)がありましたZXのラリーレイドについて書いてみたいと思います。

このブログでも何回も書いてきた事ですがZXには「華」がありません。しかしZXには実は全く正反対の華があったのです。それはパリ・ダカールラリー(以下パリ・ダカ)で常に三菱パジェロと優勝争いを繰り広げた事です。

zx_rally1.jpg


zx_rally2.jpg


現在も非常に認知度の高いラリーとして知られている一つがパリ・ダカだと思うのですが、その起源は78年の暮れにティエリー・サビーヌがサハラ砂漠の縦断をするという冒険旅行から始まりました。当然、始まったばかりのパリ・ダカにはクラス分けなどなく、四輪、二輪、そしてカミオンが渾然一体となってひたすらダカールを目指し突っ走るという単純なもので、まさにアマチュアリズムに満ちた冒険心一杯のラリーでした。やがてモータースポーツとしての形態を鮮明にし、ワークスチームの参戦を経て、「パリ・ダカ」はラリーのひとつの代名詞として知られるようになります。しかし初期のアマチュア精神は現在まで残っていてプライベーターの参加が多い事でも知られます。

さてZXが何故、ラリーレイドに参加する事になったかです。
80年代WRCはグループBの時代になっていました。ランチアはデルタS4を投入し、対するプジョーは205ターボ16で迎え撃つデッドヒートでした。年々、各マシンのパワーは増大し公道を使用するラリーでは限界を迎えようとしていました。
86年になるとWRCでの死亡事故が増大し、トドメは第5戦のツール・ド・コルスではデルタの事故でトイボネンとクレストの死亡。事態を重く見たFISAは以後のグループBのホモロゲーションを受け付けない事を発表し突如グループBの時代が終わってしまいます。またこの年、レギュレーション違反とされたプジョーがFISAを提訴する異常事態でもありました。
とっととWRCに見切りを付けたプジョーは翌年になるとパリ・ダカに参戦。まんまグループBマシンの205ターボ16をホイールベースの延長などで改修しグランレイドとして投入。A・バタネンのドライブで優勝し、翌年はJ・カンクネンのドライブで優勝。89年には205のコンポーネントを405に移してA・バタネンとJ・イクスの1,2フィニッシュを飾り4年に亘って首位を独占する「プジョー祭」と言わんばかりの活躍を見せます。しかし91年からはプジョーがF1とプロトタイプカーへ活動の場を移す事を表明しており、クロスラリーとラリーレイドを同じPSAのシトロエンが受け持つ事になりました。
405と兄弟車に当たるZXがベースとなるのですが何しろ中身は前年優勝した405と中身は同じ。ZXは同じ戦闘力で91年92年と連続優勝。
最初は「黄色の巡洋艦隊」の伝統に則ってボディカラーは黄色(キャメルイエロー)でしたが、途中からシトロエンのコーポレートカラーである赤に変更され以後のシトロエンワークスカラーとなっています。
93年こそ三菱パジェロに首位の座を明け渡しますがその後も勝ち続け、追撃するパジェロはシトロエンが撤退する96年までZXを首位から引き摺り降ろす事ができませんでした。

そこまで強かったZXですが、TSOはワークス車両のスピードがあまりにエスカレートしたことに対し、97年よりメーカーチームからのプロトタイプ車両の出場を禁止しました。この変更を受け、同年よりシトロエンが撤退したため96年のモデルが最終ワークスマシンとなったのですが、正直この頃はすでにZXの面影などほとんどなく言われなければシトロエンである事しかわかりません。

タミヤからも1/24プラモデルが発売されていました。残念ながら入手していないのですが、同時期のパジェロもモデル化されていて、当時のパリ・ダカ宿敵セットが簡単に再現できました(核爆)

御存知の方も多いと思いますが、今年のパリ・ダカ(リスボン・ダカール・ラリー)が中止になったそうです。レグの一国であるモーリタニアでアルカイダ一派を名乗るグループにフランス人観光客が殺害された事が原因です。モーリタニア政府は警備を増強するとのアナウンスを出しましたが、フランス政府が新たにフランス人を狙ったテロの計画があるとのとの理由で、主催者ASOに中止勧告を出したようです。それを受けASOは今後治安の危険なアフリカを避け、他地域での開催も視野に入れた検討に入ったとのことです。実際、紛争という事態では人命も守れない訳ですし他のルートも止む無しかも知れません。いつか平和になってアフリカ大陸を駆け抜けるマシンを見たいものです。

Xantiaに関してはまたの機会にしたいと思います。
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1周年
2008-01-26 Sat 07:03
このブログの最初にアップロードされたエントリーは日付が【2007-01-26】となっています。つまり今日で丸1年を迎えたわけです。このブログを始め多くの方々との交流で今までより遥かに幅が広がった1年だったと思います。違った視点で考える人やまた僕と同じように考える人などを見る度、様々なことを考えさせられました。今後も僕自身、精進して新たなテーゼを書いて行こうと思っているのですが、何せ考えが纏まっていない所も多く未消化のエントリーもあろうかと思いますが宜しくお付き合い下さい。
さて1周年を機にこのブログでの記事内表記でバラバラだった表記を統一しようと思います。

アルファはAlfa Romeo若しくはアルファ・ロメオと正式表示
エグザンティアはXantiaと表記(日本での発音が本来の発音と異なる為)

シトローエンは本家のカーグラフィックが辞めたくらいですからしませんが(笑)

また過去記事の中で表記がおかしい部分や表現箇所にはコメントに抵触しない範囲で加筆訂正を入れていきます。また改定の旨を記事末尾に加えるようにし、閲覧した方にも訂正が入った事をお知らせします。

ところで所信演説のような記事を書いていますが…

これだけで終わるはずがありません(爆)
1周年…の続きを読む
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耐侯性
2008-01-20 Sun 23:37
欧州車、とりわけイタフラ車のオーナーにとって気になるのは「ボディー(塗装)の痛み」と「電装のトラブル」ではないかと思います。最近のイタフラ車はかなりトラブルが減りましたが日本車の性能が1周先に行っている事実を考えると、外車は壊れるのイメージが払拭されるのはまだ先のような気がします。
さて、その原因として「気候の違い」がよく言われる訳ですが、ではどの程度違うのでしょう。
ちょっと調べてみました。

気候データ


年間平均気温と降雨量、湿度についてのデータですが、平均気温ではイタリアでも北に位置するミラノはさすがに東京と3℃の差があり涼しい事がわかります。パリは札幌より北に位置しているので5.3℃も寒い結果となりました。また日中の気温変は日本より大きく湿度も低い事から体感温度は低いと思います。
イタリアは地中海性気候なので雨が少ないだろうと予測していましたが、年間降雨量は何と東京の半分です。パリに至っては半分以下です。
特に夏の降雨量は比較にならないほど違います。
良くフランスやイタリアの水事情が良くない事は知られていますが、これほど少ないと実感します。ただ救いなのが国土の大きさです。川が長いので少ない降雨量でも何とか水が賄えているのです。しかしこれほど少ないと洗車もしないでしょうね。先に飲水と農業用水で使い切ってしまいますから。オマケにフランスは昔から農業が盛んな国です。
Alfaromeo156はPhase1の頃、ドレンの容量が不足してオーバーフローするトラブルが多かったのですが、この降雨量の違いを見れば頷ける結果です。シトロエンでも度々発生するトラブルであり、対処はドレンパイプを拡大加工するかバイパスを引くしかありません。またドレンの途中から外気導入している構造ですので雨量が多ければ導入口から雨が進入する事もあり、そういう多雨の時期や駐車する時は内気循環に切り替えておくことをお勧めします。
湿度に関してみると実はイタリアの年間湿度が東京を上回っている事に驚きます。しかしこれは年間平均での話し。イタリアが年間通して湿度が安定しているのに対して、東京は季節ごとの差が大きい事がわかります。冬に湿度が低い日本とは違い湿った空気が入り込む事が原因と思われますが、それがアルプス山脈にぶつかり冬に雪をもたらします。雪は春先まで残り、安定した湿度を保っていると考えられます。
こうしてみるとイタリアは年間通して安定した気候である事が理解できますが、降雨量以外では極端に日本と気候が違うとは言い難く、トラブルの原因が気候の違いによるものとは言い難いと思います。恐らく、工業製品として品質が低いということは間違いなさそうです。フランスは更に気温が低いので温度変化による樹脂部品の劣化は免れるとは思えません。しかし見た目はともかくとして、10年経っても壊れては困る部分は何とかその機能を全うしている点は誉めて上げなくてはいけません。この辺は日本車と違うと思います。日本車がメンテナンスフリー化を拡大した結果、定期的な交換部品が少なくなったのは事実ですが、ある一定で途端に機能しなくなる製品であるものだからです。近年、ヨーロッパにもこの風潮が出て来ていますが、日本車の設計はキッチリ10年を耐用年数として強度設計されている可能性が高いと思われます。
イタフラ車であれ日本車であれ何れは壊れるのであれば楽しめた方が僕はより満足できますし、どっちもそれ以上維持しようと思えば地獄は避けられないのだから地獄へ落ちて天国気分を味わうも良し(笑)

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濃厚ポタージュ ルノー風
2008-01-16 Wed 19:15
ルノー4(キャトル)フランス語で4を表すQuatreが語源なのでカトルと呼ばれることも多いようです。
当時はシトロエン2CVがフランスの足として走っていたのですがこの2CVに遅れる事13年、ルノーが1961年に誕生させた実用車がキャトルです。

Renault401.jpg


Renault402.jpg


その当時ルノーは大衆車として4CVを生産していましたが、4CVはリアエンジンで室内空間が広く出来ても、フロントにトランクがあるレイアウトではトランク容量が高さ方向に稼ぎにくく、使い勝手もいいとは言えませんでした。そこで4CVのレイアウトを逆さまにしたようなレイアウトを持つ形式が採用される事になりました。エンジンは4CVの750ccエンジンを流用し、搭載位置も前進4速後進1速のトランスミッションが先端にあり、その直後にエンジンが縦置きされました。4CVのエンジン、ミッションをそのまま前へ移動させたようなレイアウトだったんですね。シフトレバーはワイヤーを使ったものではなく、ミッションからシフトレバーは運転席のダッシュボードに直接繋がっています。シフトの操作方法もシトロエン2CV同様に、ダッシュボードから生えたレバーを操作するもの。この形式は初期の5「サンク」にも受け継がれ、サンクではエンジンがフロントミッドシップレイアウトになっていました。エンジンの一部が前席の足元に張り出しています。
結果的にルノー初のFF車となるわけですが、最大のポイントはリアゲートを備えていた事です。つまり世界初のハッチバック車となったのです。このキャトルがあのフォルクスワーゲン ゴルフの設計に影響を与えた事はあまりに有名です。そしてリアの荷室を最大に生かそうとした工夫がリアのサスペンションにも表れています。トーションバーを縦置きにするとサスペンションのスペースが荷室に張り出すので平行に配置したのです。その為、左右でホイールベースが50mm違います。
FFの2CVが当初『缶詰』等と嘲笑されつつも、着実にそしてその後のコンパクトカーのお手本として浸透して行った事は良くご存知でしょうが、キャトルもまた2BOXカーの基本となって行きました。そして2CVと並ぶ「フランス人の足」として認められ、1992年(本国は1988年)に生産が終了されるまで実に32年間も生産されました。
ここで注目すべきは後継モデルのサンクが登場したにも関わらず生産された事です。サンクが1972年に登場しシュペールサンクが生産終了される1990年よりも後にキャトルは生産を終了します。こういう事例は日本ではサニートラックなどの事例がありますが、世界的に見ても稀で如何に生活と密着したクルマであったか分かろうと思われます。これはミニやVWタイプⅠに比較すると異例とも言えるでしょう。
745cc 32psというエンジンでスタートしたキャトルも63年に輸出用として850cc、68年には本国仕様も800ccにエンジンが拡大されました。1978年、最上級版としてそれまでの上級グレードTLよりエンジンを1108CCに拡大したGTL(グラン・TL)を追加。グランといっても34psだけどね(笑)
車体重量も635kgだった車体が最終型では720kgになりました。
フランス車というと2CVとキャトルを思い浮かべるほど代表的なクルマである事に異論を挟む人は少ないと思いますが、この両者には設計アプローチに大きな違いがあります。それはそのままシトロエンとルノーのクルマ作りの違いそのものと言えるのかも知れませんが、全身これ理想主義的なシトロエンに対して、ルノーは既存のメカニズムを流用し、それを現実的で合理主義的に組み上げた設計となっています。奇をてらっていないという点では2CVよりより「道具」としての出で立ちが強いと思います。

今回目撃したキャトルは最終型のGTLと思われます。
日本では一番多く存在する仕様で、概観上の違いはTLには付かなかったサイドのプロテクターです。最終型はバンパーがメッキから塗装に変更されていて、このキャトルが最終型のGTLである事がわかります。
外装にはやはり錆が発生しています。この時期のイタフラ車は暴政処理が甘いですから錆は避けられないでしょう。走行に関しては頑丈でシンプルですから問題ないでしょうけど、貧弱な電装関係も日本では泣き所です。
今では普通になってしまったシトロエンやルノーですが濃いルノーでありながら維持にそれほど苦労がないクルマとしてキャトルは最適なのかも知れませんね。


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スーパーチャージャーの鼓動
2008-01-13 Sun 06:14

先頭に信号で停車しているクーペ。皆さんは憶えているでしょうか。
2台先をずっと走っていて写真がこれだけしか撮影できませんでした。

DVC00066.jpg

スーパーチャージャーの鼓動…の続きを読む
別窓 | はいっ、ちーづ!ぱぢり! | コメント:3 | トラックバック:0 |
どうなっちゃうの?
2008-01-04 Fri 21:34

年末年始のハードスケジュールで3日に8度5分の熱を出したIKEAさんが新しい記事をアップしますよ~はぁ
疲れてるなぁ。。。

さて3日4日と連日、原油価格が1バレル100ドルを記録しました。現在、店頭でのガソリン価格はレギュラーが150円台といったところではないでしょうか?
昨年の同時期では50ドルを割り込むシーンも見られ価格安定かと思われましたが、価格は上昇に推移し、ここ3ヶ月の間に70ドルから一気に100ドルへ上昇しました。
最大の原因は、ここ最近成長めざましい中国の投機マネーが原油を始め先物取引に投入されている事や、インドや中国での原油消費率が急激に増加している事が上げられます。サブプライムローンの焦付きで、急速に金融関係から遠退いた米国投資資金が原油や金、ダイヤなどの取引に向けられた事が急上昇の後押しをしたと思われます。実に1年で倍の価格になった原油価格ですが、販売価格では1.5倍と中間で吸収した格好となり、小売店も限界に近いのではないかと思われます。
原油高は直接ではなく間接的な締付にもなっており、ハウス栽培の農園や漁業の船舶燃料などにも影響。更には、ガソリンに代わりバイオ燃料への需要増加から原材料となる小麦やトウモロコシの価格上昇を招き、食品関連を含め全てがモロに影響を喰らっている状況です。

このような状況で一番苦慮しているのが僕のブログをご覧頂いている諸兄かと思います。
何しろ欧州車は日本の道路事情に合いませんからね(笑)
最大の原因はヨーロッパの速度規制にあるのですが、単純かつ合理的なアチラの速度規制が故に設定されたギヤ比だけにそれに従えば素晴らしい燃費を約束してくれます。しかしその為には日本の法律を犯さなければなりませんが(笑)

もう一つ気掛かりなニュースがあります。今現在の油田が今後産出できる年数が11年縮まって、残り68年と発表されました。新たな油田が発見されても大した違いはないものと思われます。
僕達のような日本では「燃費の悪い欧州車」を乗る者にとって、これは重要なニュースではないでしょうか。少なくとも今のボディー、エンジンの組み合わせでは残り68年しか乗れません。つぅ~か乗らない(笑)
我々が直面している問題はCO2の問題であり、少なくとも無関係ではいられない問題だとも言えるでしょうか。その為には、今のエンジンでCO2を減少させる触媒の装着なり、CO2の少ないディーゼルを搭載するか、或いはハイブリッドやモーター、燃料電池への換装などが考えられますが、もう趣味だけでは考えられる範疇ではないのかも知れません。

少なくとも、人類は大きな危機に直面した時、常に乗り越えてきた

引くのではなく一歩踏み込んだ技術の開発と実現を僕達は希望を持っていると

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バネでもシトロエン
2008-01-01 Tue 19:24
明けましておめでとうございます。
本年もこの拙いブログを宜しくお願い致します。
暦の上では“正月”だけど、僕の場合それは“忙しい”を意味する記号にしか過ぎません(笑)

よって正月休みはなし




156の前に乗っていたのがシトロエンZXブレークです。最近こ~んずさん購入されたそうです。
僕と全く逆の道を歩んでいるのですが(笑)

さてZXですが16年間生産されたGSの後継車種として1991年に登場します。1992年4月から1998年の2月まで日本では販売されました。実は現在でも中国などでノック生産されており、激戦区のMセグメントでは成功を収めたクルマなのは余り知られていない事実でしょうか。2ドアのクーペ、5ドアハッチバックのクラブ、スポーツヴァージョンのシュペール、そしてステーションワゴンのブレークが導入されていましたが、1.6リッターのモデルは2年ほどでカタログ落ちし、エンジンが100PSを発生する1.8リッターOHCエンジンと、120PSの2リッターOHCに整理されています。因みに2リッターのエンジンはXantiaと同じものです。
プラットフォームは同じグループのプジョー306と共用していますが、ホイールベースは306が2580mmなのに対してZXは40mm短い2540mmとなっています。同じプラットフォームとはいえ306はZXより若干大きく、エンジンもZXでは最後まで搭載されなかったDOHCエンジンが途中から搭載されていますから、トータルでは306の方が速かったと思われます。
このZXが成功した最大の理由はパッケージングだと思います。何しろ4mチョットのクルマなのに居住性はかなりなモノ。ブレークではリアシートがダブルフォールディングになっているので、その気になれば小型の冷蔵庫や自転車でも積めるユーティリティーは立派です。しかもフロントシートはともかくリアシートですらシトロエンのそれ。どうかすればワゴンのリアシートは手抜きになりがちなのに、美点だと思います。
ZXの車体重量はXantiaが1380kgなのに対して1170kgと200kgも軽いのですが、あまり加速感が良くありません。パワーウェイトレシオは実は僅かですがXantiaの方がいい数値だからかも知れませんが、1速2速からの加速ではZXが唸りを発生するのに対して、Xantiaではそういう事もなくスルスル加速していきますので、ギア比が全く同じZF製のATに原因があるように思えます。
乗り心地に関して言えば僕の知るバネサスではこれを凌ぐクルマはありません。事実、母のお墨付きでした!シートと乗り心地はしっかりシトロエンそのもの。引き取って大分まで走らせている時に感心したのは「実用車でも手抜きがない」ところ。本当にフランス人はいいクルマに乗っている。
100km/hまでの領域なら最高だと思います。ハイドラクティブのXantiaが低速でややゴツゴツした印象で段差を盛大にひろってしまう事を考えると、高速域ではXantiaに譲るとはいえハイドロは本当に必要なのかと思えます。但し、ハイドロが本来目指したものは違うと思っていて、荷物を積んでも車高が一定に保持するレベリング機能だとか、コーナリングでは車速に応じた姿勢制御を行って安定したコーナリングをもたらすなど、バネサスペンションでは提供できなかった技術にあったと思われます。ハイドロは低速も高速も一つの技術でカバーできる点が最大の魅力だったのではないでしょうか。
全体的に見れば走行に関する基本コンポーネントは頑丈ですが、マイナートラブルはある程度の覚悟が必要です。ヒーター周りのクーラント漏れに始まりエアコンの故障etc…重大なものではガソリンを入れ過ぎるとエンジンルームから漏れる、アイドルコントロールバルブが汚れるとアイドル不調やエンストを起こすなど。何れも注意するか洗浄などでカバーできるので問題はないでしょう。
不動になるケースは極稀なので心配は無用だと思います。また巷で言われる悪い噂も個体差があるので「知っておいて損はない」程度の予備知識で十分だと思います。
僕がきっと最終的に手放したのは「よく出来た実用車なんだけど刺激がない」部分だったのかも知れません。際立つ動力性能だとかコーナリング性能などは備わっていません。とても良く出来た実用車ですが、華がなかった。もしエンジンにあと10PSか20PSあれば修理して乗り続けていたのかも知れないと思うと不幸なクルマでした。
あと車格の違うXantiaと比較するのは酷なのですが、シートや走行フィーリング全てにおいてXantiaが上回っています。これは歴然としていました。始終、異音の漂う室内とか(爆)
リアシートの出来は比較するのがアホらしくなるほどです。
でもね、156を買った後にXantiaを買わせたヤツでもあるんですよ(苦笑)
それくらい魅力があるって事です。
今でももう一回乗っても良いなって思うクルマです。
きっと、こ~んずさんがこのクルマの魅力を伝えてくれると期待してますよ。

別窓 | シトロエン | コメント:11 | トラックバック:0 |
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