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これ以上なにをお望みですか?(今ならご主人様付きだな)
2008-02-28 Thu 20:07
このテーマはずっと「街で見掛けた」ちょっと気になるクルマや珍車を取り上げてきました。
え~今回は目撃したクルマじゃありません。実際に乗っていたクルマです。よ~く考えてみるとこの片田舎で簡単に希少車をネタになるほど目撃するはずがないのです。
そういう訳で今まで乗ったクルマも取り上げてみようと思うのですが、今回は免許を取って最初のマイカーとなったこの車です。何しろ20年以上も前の記憶を蘇らせながらのリポートなので若干の誇張や間違いはご勘弁下さい。
今の愛車であるAlfa Romeo156やXantiaからは想像ができないかも知れませんが最初の愛車はコレです。
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日産グロリア(核爆)
過去の恥みたいです_| ̄|○

このグロリアは僕が買ったのではなく父からのお下がりだったのでまだ救われていますね。
本当に欲しかったのは「マツダ コスモスポーツ」でした。
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僕にとっては夢のクルマであり「憧れ」でした。実は中古車屋さんに1台ある事を高校時代に聞き付け自転車で行った事さえあります。その時はボンネットを開けエンジンを見せてくれ、免許を持たない僕にドライバーズシートに座る事すら許してくれました。(勿論、座るだけね)
結局買わなかったのだけど、その時点で「憧れ」を手に入れなくて良かったのかも知れません。

このグロリアは通称330と呼ばれるものですが、正確には332型です。230型セドリック・グロリアの後継車として79年6月にフルモデルチェンジを受けたセドリック・グロリアは330型となります。この時期の日産は1年毎に細かい変更が行われていて、ちょうど排ガス規制の時期とも重なったこともあり昭和51年規制でまず331型となり昭和52年規制で332型と型式が3タイプあるのです。グレードや年式によっても細かい意匠が異なり、ディテールから年式を当てるのは相当に困難です。因みにパーツ型式によってはK331用だとかKH332用などと表記されている場合があります。これは届出型式ではなく社内型式を加えたものです。ここでいうKとはハードトップを指し、HとはL型エンジン搭載車を表しています。
僕のグロリアは最終型の332SGL-Eエクストラと呼ばれるL20E搭載の仕様に2800ブロアムの装備を追加した豪華仕様で何と「レザートップ」でした。このレザートップはオプションですが日本の気候では痛みやすく父はコレを剥がしてしまいました。今では珍しくなったオプションですね。
しかしこのグロリアは豪華な装備に加え、排ガス規制で明らかにパワーダウンしたエンジンと相まって全く鈍重で走らないクルマでした。山道では床が抜けるほどアクセルを踏み付けても唸るだけのエンジンですので、およそスポーツとは無縁のクルマでした。
こんなクルマに乗らなくてはならなくなった心中はお察し頂けると思いますが

正直ガッカリだよっ!(―_―メ)

意にそぐわないクルマを乗らなくてはならなくなったのですが、何とか自分の好みにしようとは努力しました。先ず手を付けたのがホイールの交換とローダウン(笑)
330系のエクステリアデザインはアメリカナイズされたものだと良く言われます。フロントからのラインがリアドアで一旦下がり、またリアフェンダーに向かって緩やかなラインを描く二つのカーブで構成されるサイドヴューは何処かで見た事のあるアメ車を彷彿とさせます。僕もそうだと思っていました。後で知った事ですが、何とこのクルマの造形テーマは「パリ郊外の並木道」なんだそうです。全く気付きませんでした(笑)そんな具合ですからデザインは全く評価されませんでした(苦笑)
当時はそんな日産の意図など知らず、アメ車のラインという方向でモディファイを始め、ホイールの候補はクレーガーのSSかワイヤーだろうと(核爆)
結局、装着したのはワイヤーホイールにブリジストン レグノF195/60R15、R205/60R15の組み合わせ。これに強化スプリング(確かトヨシマ製)とモンローのショックを導入。フェンダーとタイヤのクリアランスが足りなくなりフェンダーリップのツメ折までしていました。
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次はブレーキとエンジンだと思っていたら、父がやはり使うという事で自分用にクルマを買う事になり330のチューニング計画はココで終ってしまいます。暫くは2台併用の時期が続いたのですが…
当時は車検が大変厳しい時代でしたから既に車検にそのまま通せない事には変わりはなかったのですが、エンジンまで手を付けたらどうなってたんでしょうね。

この330に関しては悪口ばかり書いてしまいましたが、良い所も結構ありました。そういうトコロも書いてやらないと嘗ての愛車に申し訳がない(笑)
先ずはそのエクステリアデザイン。全く評価されなかったにせよ現在では到底できないデザインではありレトロともモダンともつかない造形です。フェンダー上端から一旦抉れる様に内側にアールした部分は良い意味でアクセントになっており表情があります。僕のグロリアはオレンジのメタリックという珍しい色でしたが、この色はさすがカタログにも採用されただけにこのデザインを引き立てる色だと思われます。また新緑の中に置くと映り込みが美しく、日産開発陣の言う「並木道からこぼれる日差しに、微妙に変わるボディの色調、光線のあたり具合で微妙に変化する光と陰の美しさ」は当たらずとも遠からずだったのではないでしょうか。またこのクルマほどシャコタンの似合うクルマはない(核爆)

この時期、4ドアハードトップでは日産の独断場でした。センターピラーレスを実現する為に犠牲になったものは多いのですが、その開放感は格別なものです。但し、時速60キロでも風の巻き込みが凄くて、車内はもう台風みたいになるので走行中は開けられませんが。
シートベルトが天井にくっついているのはBピラーがないからです。
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また豪華な内装や装備は「日本初」の目白押し。コンナモノ必要なの、と思わせるようなお節介装備も含まれていますが、特筆するのが照明です。
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こんな照明は後にも先にも330型だけだったと思います。残照式になったのも330からですが20秒は長過ぎ。ワ-ニングもココに収められチョット飛行機感覚なところも「くすぐるアイテム」だったのではないでしょうか。

こんなビッグサルーンというのは僕にとっては1度きりだったのですが、すぐ近所のクルマ屋さんに全く同じ332が入庫した時は懐かしく思いました。軍曹曰く「似合わない」とは言ってましたが(笑)
もしまた手に入れる事があれば、ぜひエンジンをRB26DETTに載せ換えて改造申請した公認改造車として走らせたいですね。

今回、画像を集めようとネットを徘徊してましたら、こんなモンスターも見付けました。
何と330にV8を積んだモノです。サイトを拝見するとカスタムカー誌に掲載されたようです。
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西部警察じゃヤラレメカのようにスクラップにされた330もこれで面目躍如ですかね。
ところで330型は前方後方共に見切りが大変悪いです。特に後方は位置が掴み辛いクルマでした。免許取立てで乗るにはこういった点でも優しくないクルマでした。結局、その後はあまり見切りの良くないクルマばかり乗る事になってしまうのは、最初に330に乗ってしまったからではないかと思っています。
20年以上経った今では旧車の仲間入りを果たし市場でも見掛ける様になりましたが、当時は不人気車だったこともあって中古価格は安くタマも多くはありませんでした。最近出てくる330は一体今までどこで眠っていたのでしょうか?

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トルクロッド交換
2008-02-24 Sun 17:27
12ヶ月点検で見付かったトルクロッドのブッシュ切れは一旦インターネットの出物を探す事にしましたが、結局ヤフオクでも個人からの出物がなく純正を取り寄せる事にしました。チョット前にユニコルセの強化トルクロッドが出品されマークしたのですが、かなりイヤラシイお値段で引け僕は途中から諦めモードだったんです。落札すれば良かったかと少し後悔。
ディーラーに連絡して代引きで送って頂く事にしました。手数料が1,050円と安い金額とは思えないのですが、往復のガソリン代や人的コストを考えればリーズナブルと言えるでしょうね。
エンジントルクロッド 60652740 6,284円
代引き手数料 1,050円
合計 7,334円

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昨日到着し今日交換しました。天気は昨日と打って変わって低気圧の所為で雪がパラツク天候。かなり寒いです。交換自体は大した問題もなく15分程度あれば終わると思います。

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現状です。ブッシュが完全に切れて外側に出てきています。シフトの入りが渋い時が度々ありましたからかなりエンジンが動いていたのでしょう。
取り外しは単にボルトを緩めて抜けば良いのですが、僕の156はタワーバーを装着しているのでタワーバーも少し緩めてスペースを作ります。ボルトは15mmですがエンジン側のボルトはボディ若しくはウォッシャーのラインが邪魔をするのでソケットの選択が微妙になります。ショートだとラインが邪魔でディープだとボディに干渉するという具合なので、セミディープのソケットが必要です。勿論使用するラチェットにも左右されますが、作業スペースが小さいのでコマ数の多いラチェットが大変有利です。

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取り外したトルクロッドと新品の比較です。左が取り外したモノで、右が新品です。

当然、切れていたエンジン側の芯が狂っているのは当然として、反対のボディ側でも芯が狂っているのがお分かり頂けると思います。
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ボルトですが長い方がボディ側で短い方がエンジン側です。
取り付けは取り外しと逆の手順で取り付ければ良い訳ですが、念の為1つのボルトを一気に締めるのではなく2つのボルトを徐々に締めていく方法をお奨めします。所謂、対角締めと同じですが正確にトルクを懸けるにはこの方法が最良だからです。

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取り付けの終ったトルクロッド。
明日からが楽しみだぁ~。

フレグランスシートも同時に取り付けました。方法はラップで包むという一見アバウトな方法ですが、これなら穴なんか開けなくても大丈夫でしょう(笑)取り付けにはスナップピンが使われていますので、折れ易いプラスチックにはチョット慎重になる必要があります。
古いフレグランスシートはボロボロの可能性が高いので引っ張ればあっけないほど簡単に取れてしまうでしょう。しかし新品はそうとも行かずスナップを外して装着したい所ですがスナップ外しを持っていないと苦労するかも知れません。割りピンと同じ要領なので細めのラジオペンチなどでも代用は可能ですが。

と、ココから追記です。

トルクロッドを交換して一番感じるのがソリッド感です。エンジンはアルミ製とはいえ軽いものではなく、加減速時やコーナリング時には最大の重量物として大きく運動性に影響を与えるのですが、そのエンジンの動きが制限された事によって明らかにクルマの動きがスムーズになりました。前回の車検ではまだ持つだろうという事でしたが、既にひびが見付かった状態でした。交換によって購入した時より遥かに良い印象となりました。特に減速時のシフトの入りが吸い込まれるように入る様になりました。
またコーナーが連続するような場合でも、以前ならユラっと車体に何かが凭れ掛かるような印象だったのが払拭され、安心して踏んで行ける様になりました。
何よりエンジンの動きが最小限になった事で各ホース類、取り分けあのワンタッチ式のホースバンドが緩んでしまう事を防げる事も書いておかなくてはなりません。このホースバンドは増し締めが構造的にできません。ですからエンジンユニットが動けば経年変化で硬化したフューエルラインにヒビが入ったりバンドが緩んだりして最悪火災という事もありえます。これはAlfa Romeoだけでなくフィアット系のクルマ達も同様なので十分注意が必要で、エンジンマウントが定期点検部品の欧州車の場合ケチらず交換するのが吉です。
最近どうも切れがないとかシフトが渋いなどという印象なら、一度エンジンマウントを確認されては如何でしょう。

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激怒するアルファ
2008-02-22 Fri 07:00
昨年の10月に行われた「アルファ・ネーミング・コンテスト」をご存知でしょうか?
これは現時点で「ジュニア」と呼ばれる次期147の後継車の名前を一般公募したもの。このジュニアは以前の記事でも一度取り上げましたが、今回はそのジュニアの名前公募の話です。
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6ヶ国の自動車雑誌を通じて募集が行われ、イタリア「Quattroruote」、ドイツ「Auto motor und sport」、イギリス「Top Gear」、フランス「L'Automobile」、スペイン「Autopista」、日本では「CAR GRAPHIC」と各国を代表する代表する自動車誌が名前を連ねています。
Alfa Romeoが名前を一般公募したケースは過去に一度だけあります。1966年に発表されたスパイダー1600がそうで「デュエット」と名付けられました。
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このデュエットの場合、2ヶ月の応募期間中に140,501通の案が集まったそうです。今回はAlfa Romeoのエントリーモデルという違いはあるもののインターネットで募集するという如何にも現代らしい方法で募集が行われました。但し、期間は2007年10月2日~10月15日と短く、また一旦Alfa Romeo側である程度絞り込んだ名前から投票によって決定するというものです。

決定した名前はAlfa furiosa
激怒した或いは狂ったという意味だそうです。僕としては意外な名前だった気がします。
Alfa Romeo最小のエントリーモデルなだけに、もっと軽やかな走りをイメージしていたのですが、この名前だと過激な感じがします。ターボモデルも採用の予定があるという事ですから、もしかすると過激な加速路線もあるのかも知れませんが(笑)

さて何故既に終わってしまったキャンペーンの話を今しているかというと

プレゼントが到着したからです。

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実はこのキャンペーンには懸賞が付いていました。名付け親には何と「アルファ スパイダ」が送られるのです。投票者も抽選で様々なアルファ・グッズが当たるという大変豪華な公募キャンペーンだったのですが、くじ運の悪い僕が珍しく当たってしまいました。
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当選のお知らせは昨年12月にメールであって事務局にFAXで返信しないと送られてこないシステムでした。まぁネット上からの個人情報漏洩が問題化する現代らしいです。

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薫り
2008-02-20 Wed 19:02
今日は一番下の子の誕生日です。
彼の名前は薫というのですが、この名前は香水マニアの軍曹@家内が「香り」に纏わる名前を付けたいとずっと考えていた事が発端となって付けた名前です。
因みに最初の子は「希望」2番目は「歌」とキーワードが決まっていました。
さて、Alfa Romeoのクルマには独特な香りがあるのをご存知でしょうか。意外にもAlfa Romeoオーナーのブログやサイトでは書かれる事の少ない事柄なので触れてみたいと思います。
最近のAlfa Romeoには搭載されなくなったらしいのですがチョット前のAlfa Romeo全車に搭載されていたのがフレグランスシートです。それは助手席下に装着されているのですが、新車の香り或いはAlfa Romeoの香りとしてファンの間で知られる香りでもありました。前回の見積りに記載されている通り12ヶ月点検の際に一枚購入しました。こいつの香りの正体って何だろうって事です。
実は推測が出ていたのですが結論から言うとCHANELのAntaeusとみて間違いなさそうです。
シートから直接嗅いだ印象としては間違いなく「メンズフレグランス」そのものなのとシャネルの調香傾向が強く感じられます。売り場でAntaeusの香りを試香してみると大変似ています。軍曹が言うのだから間違いはないでしょう。
異説として取り上げられるのがDunhillのEditionですが、フレッシュフゼアノートと分類されるように、基本的にAntaeusとは違った傾向の香りで成分を見ると

トップノート レモン、ベルガモット、ラベンダー、ナツメグ、グリーン
ミドルノート ジャスミン、シクラメン、クラリセージ
ラストノート シダーウッド、アンバー、ベチバー、トンガ、モス

トップノートのレモンはAntaeusにも含まれていますがこれはあくまで脇役でトップはレザーとウッディが前面に押し出されるAntaeusとは全く異なる香りで正直ラストノートにかけて出て来るムスクはEditionには含まれていないので間違いなく違うと思われます。それにEditionが明らかにトップでウッディスパイスが強く出る点も見逃せない相違点です。

以下はシャネル社の解説です。

アンテウス
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強さと魅力の表現
力強さと繊細な魅力のハーモニー
温かさと力強さが微妙に組み合わされたブーケ。

1981年、シャネルの3代目調香師ジャック・ポルジュは、男性用のフレグランスを初めて創作しました。アンテウスと名づけられたこの香りは、シャネルのメンズフレグランスのなかで最も力強いものとなりました。ダークレッドの箱に入った黒いボトルは、力強く、魅力的な男性を象徴し、発売と同時にセンセーションを巻き起こしたのです。

力強いけれども屈強ではない、男性的ではあってもしなやかさを秘めている。ギリシャ神話の英雄であるアンテウスは、男らしさと力の象徴と位置付けられていますが、一方で傷つきやすい存在でもありました。同じように1980年代の男性は、その強さを誇りながらも、優しい面を見せることに抵抗しない柔軟さをあわせもっていました。スパイシーなノートに、力強さと統一感のあるハーモニーを持つアンテウスは、魅力と優しさを備えた、生まれながらの指導者のよう。そして、非常に複雑な組成を持つフレグランスです。繊細なこの香りの調香には、95種類以上の成分が使用されました。レザー、ウッド、スパイスをアクセントに加えた情熱的でエキゾチックな構成に、ラベンダーをわずかに加えることで爽やかさを引き出しています。まるでリキュールのように、ハチミツを思わせる甘さと燻した香りを持ち、自在にパワフルで新しい調和を楽しむことができます。さらにシトラスやミル、クラリセージやパチュリなど、極秘の調香によっていっそう眩惑的なフレグランスになっています。

トップノート:エストレル産ミル、アルプス産ラベンダー
ミドルノート:コーカサス産クラリセージ
ベースノート:エステレル産ラブダナム、フランス産ビーズワックス、インドネシア産パチュリ


何故イタリアのクルマなのにフランスの香水を採用したのかは憶測でしかないのですが、恐らく香りのイメージがAlfa Romeoのブランドイメージと合ったからなのでしょう。それとイタリアの香水はアパレルメーカーが自社ブランドの顧客の為に作るケースが多く、香水専門のメーカーは殆どありません。反面、フランスは香水先進国で香水専門のメーカーもあり歴史も大変長いものです。ですから国産に拘らず、フランスの香水を採用したとしても不思議はありません。
僕はメンズフレグランスが苦手です。独特なトニック臭が苦手なのですが、このAntaeusはギリギリ大丈夫な部類です。あとローズやパウダリック系もダメな香りでNo,5とかはラストノートが全く受け付けられないのですが、クルマに芳香剤を置くというのもダメなのです。何と言うか、安っぽい人工香料が車内に充満するのが許せない(笑)
しかも強烈に刺激的な香りを出す製品が多い(爆)
しかし香水となればどうなのでしょう?
購入した時に残り香があってその香りはイヤな感じがしませんでしたし、使い方によっては本来持っている車内の香り(特にレザーシートの香り)とマッチするのかも。
ここで装着する際の注意です。
ディーラーで拝見すると、シートは大きな一つのパックに裸の状態で入れられていました。つまり個別包装ではなかったんです。香水はアルコールで拡散し、持続性はオイルでコントロールするので裸のシートではアッという間に香りが飛んでしまいます。できれば個別のビニール包装にするかラップなどで密閉し、そこに小さな穴を幾つか開けて装着するのが望ましいでしょう。もしかすると取り付けの穴を開けなくてはならないので余分に穴も開けなくても良いかも知れません。そうしたい為に、取り付けは自分でする事にしました。
このように極力香りを閉じ込めて漏れて出てくる香りを楽しむくらいがちょうど良いと思います。特に夏場は車内温度が上昇しますから、熱で香りそのものが変質する可能性も高く直射日光も大敵ですから、パッセンジャーシートの下に装着するというのは実に理に適った場所なのです。しかも香りの正体が分からず微かに香るという粋な演出もAlfa Romeoならではないでしょうか。
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12ヶ月点検
2008-02-17 Sun 13:58
先日コメントが暫く拒否状態になっていました。お気を悪くされた方もいらっしゃったかと思います。大変ご迷惑をお掛けしました。最近スパムコメントが増え削除とホスト拒否でエラーになった模様です。
FC2はスパムが少ないのが良かったんですがね。


さて、僕の156は2000年2月に登録された車両なので今年で8年です。去年の車検でタイミングベルトなどの大物は片付けましたが、この1年の間に気になる場所はありました。健康診断という事もあってアレーゼに持ち込む事にしました。
昨年末からディーラーからは連絡が入っていましたが、問題はスケジュールが過密で2月までは無理そうでした。意を決し2月11日に伺うという事でお願いしたのですが天候が心配です。市内では雪が降っても積もる事が殆どありません。しかし山間部ともなれば話は別です。四国山地に続く険しさ、と言われる九州山地は標高差が激しく積雪もそれなりにあるので舐めて掛かると痛い目に遭います。
アレーゼまでの道程はあの阿蘇山を越えなくてはなりませんからそれなりの覚悟は必要ですが、何しろ市内を通勤程度に使う僕なんかは冬タイヤやチェーンの装備など持ってないので、覚悟と言っても「日を改める」程度ですが(笑)

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2月の第2週は週末に寒波が入り込み山間部では積雪があった模様で路面の凍結も予測されました。
ルートは10号線から中九州道を通って57号線に入る方法と442号線から一ノ宮に出て57号線を走るルートがありますが、僕の住むエリアは442号線の方が近く一か八か442号線を使う事にしました。
野津原町を越える辺りまでは雪の名残もなく順調でしたが、山道に入った途端道の脇には雪が積もっていて路面も濡れた状態になりました。日はすでに昇っていましたが外気温度は3度の表示。日陰は凍っている可能性を電光掲示板が示しています。道の脇にはかなり雪が残っていて路面はシャーベット状態の場所も時折あります。路面に注意しながらかなりペースを落とす事になりました。
この後、全国的に寒波到来で大分市でもこんな感じです。

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いや2日早まって寒波が来ていたら熊本へは行けなかったでしょう。
やまなみハイウェイに入り一ノ宮に向かいます。かなり予定より遅れていました。するとタコメーターに見慣れない(インジェクタ)警告が点灯しているのに気が付きました。マニュアルを見るとイモビライザーが正しく認識されていない事を示すものでした。一旦エンジンを切って再始動すると消えると書いてあるのに消えません。エンジンは掛かるのでそのまま走る事にしましたが20分くらいすると消えてしまいました。

アレーゼに到着したのは大幅に遅れて11時を回っていました。
早速、問診を始めます。電話でサーモスタットがダメそうな事やリアから異音がすることなどは言ってありましたから詳しく説明するだけでした。リアの異音は実際に近所を走ってみて発生している音を確認しました。マフラーがボディーに接触しているみたいだけど、サスペンションかも知れない、という印象を話しながら走り廻るのですが中々こういう時に限って音が出ません。
「ああ、あそこの駐車場が良さそうですね」と勢いを付けて斜めに入るとやっと音が出てくれました。
「マフラーっぽいですね」
「そうであって欲しいですね」
ディーラーに戻って156は工場に入って行きました。点検自体が2~3時間と伺っていましたから昼飯を食べに行きます。この辺で美味い店って何がありますか?と尋ねるとカレーの美味しい店があるというので代車でそこにいく事にしました。
行ったのは「SANJI」という松橋IC入り口すぐ近くにある店。時間的に混む時間なのですぐに入れないかも、と聞かされていたのですが一台駐車場も空いていて、ちょうど前のお客が出たばかりらしく2人席が空いていましたのですぐに座る事ができました。
メニューを見てやはり本格的なカレーなのでナンとのセットが食べたいと思いチキンカレーと野菜カレーの2種類がセットになったものを頼みました。辛さが6段階から選べるのですが、アレーゼで聞いた話では5で後悔する辛さと言っていました。僕は辛党ですが助言に従って4にしました。写真は撮らなかったのですが、料理が順に出てくるスタイルで最初は普通の感じでした。ところがメインの皿が来たところで驚愕。何と30cmはあろうかという巨大なナンがそこに乗っていたからです。男性でも十分お腹一杯になるボリュームです。辛さは4で十分辛いです。5以上は覚悟して注文すべし。インド人だって2~3を食べるんだそうですよ。僕も途中から汗が噴出してきて、飲み物をラッシーにして本当に良かったと思いましたから。味はとても美味しかったです。特にチキンは良く煮込まれていて言う事無しの旨さ。
但し、カレーの色の原材料であるターメリックは強烈に体を冷やす効果があるので冬は注意した方が良いですよ。
お腹を満たしアレーゼに戻ると不良箇所のチェックが終わったらしくお話を伺う事に。

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予想通りサーモはダメになり掛けている
異音の正体はマフラーの取付ステーの一本が折れていた
エンジンのトルクロッドがブッシュの切れ
メッシュのブレーキラインでスタビライザーに接触した痕跡がある
ワイパーのゴムがそろそろ交換時期

8年目とすれば順当なところ。消耗品が殆どなので好結果と言えます。
サーモスタットは交換、マフラーのステーは溶接をお願いしました。トルクロッドはメーカー在庫で今日はどの道交換できないし、自分でも換えられるのでネットで一旦出物を確認し、なければ着払いで送って貰う事にしました。
ブレーキのラインは位置を少し変えて保護チューブを被せて頂きました。ブレーキラインに傷はなかったのですが一応念の為という事でお願いしました。
ワイパーのゴムは代替品を試してみたかったので今回交換はしない事にしました。残念な事にディーラーのコンピュータ診断機が故障で修理に出ているので、来る途中に起きたイモビライザーの認証エラーは原因が特定できなかった事です。帰路では発生しなかったのですがね。

作業がもう2時間くらい掛かるので近くの商業施設などを教えてくれたのですが、正直なところショッピングセンターよりディーラーの方が飽きません。
「でもト○タさんじゃ飽きるんでしょう?」
うっ、スルドイ!

アレーゼに到着した時から気になって仕方のない115スパイダーヴェローチェ。売れたそうです。

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店長と歓談していると購入者さん登場。
購入された方はカナダ人の女性でとても美人な方でした。近所を乗ってきますとの事でしたが、何と絵になる事。彼女が乗ると、まるで映画のワンシーンのように思えるのですから不思議です。
ずっとこのスパイダーを探していたそうですが、やっと出会えたと喜んでいました。既に代金も支払い済みといいますから相当に思い入れがあったようです。僕が156を購入した時をチョット思い出しました。
スパイダーは国内で欠品パーツが出ているそうですが、長く乗ってくれると良いですね。

作業は5時前に終了しました。
山道を走って帰る途中、掲示板が4度と表示されています。さすがに日中の車の通行で凍結はないですが少し雨が降った後なのでスピードは程々にしないと危険でしょうね。
およそ3時間掛かって8時前に帰宅となりました。

156_12ヶ月点検

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Project X1挑戦者たち(笑)
2008-02-10 Sun 16:55
PSAがBXの後継モデルとして研究を開始したのは様々な資料から1887年に始まったようです。ご存知のようにその後継モデルがXantiaです。このプロジェクトでは単に「X1」と呼ばれプレス用資料にもX1の名前しかありませんでした。CX以来のシトロエンは車の名前に必ずXが使われていますが(それ以前はS)西洋ではXは未知なる物という意味があるので開発コードに使われる事がしばしばです。
で、Xantiaの場合もXが入っています。Xantiaとは小川の光を意味するXanthos{クサントス}を語源とする造語で、日本ではエグザンティアと表記されるのですが「クサンティア」の方が近い発音のようです。そういえばSAXOは日本での名前が「シャンソン」なんていう変な名前で出されたんですが、コレは名前の中に「クソ」なんて入ると不味いからから、という話があります(笑)

話を戻しましょう。
X1で始まったXantiaの開発ですが、デザインはベルトーネとされています。これは確かに間違いではありません。しかしデザインの検討がベルトーネ一社でされたのではないのです。1997年に始まったBXの後継車の研究は3つのプロジェクトで始まっています。PSAとシトロエンの社内デザインとベルトーネによる社外デザインの競作という形を採っています。
最初に承認されたデザインはJean Giret(ジーン・ジレット)の手によるデザインでした。

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ご覧頂くと良く判るのですがリアのスパッツが残されBXの面影を残したデザインです。全体的にズングリしていて良い意味でも悪い意味でもシトロエンの匂いがします。
ベルトーネの線で行こう、という所まで決定していながら実は3つのプロジェクトという事はかなり後まで変わらなかったようです。ベルトーネの方ではDan Abramson(ダン・アブラムソン)のスケッチに切り替えて最終的にはこのデザインが採用される事になってもPSAもシトロエンも開発を続けていました。XMがベルトーネの案で決定されるとPSAもシトロエンデザインセンターもとっとと研究を止めたのとは大違いです。
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上2点Dan Abramsonのスケッチ

下の写真を見れば一目瞭然ですが、3社とも完成度の高いモックアップを製作しており、Jean Giretのモノでさえ1/8の検討モデルが製作されています。
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PSA案
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シトロエンデザインセンター案
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ベルトーネ案
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Jean Giret1/8検討モデル

どうしてこのような方策を採ったのかはハッキリしませんが、もしかすると外部デザインから(この場合ベルトーネ)と決別し内製デザインへ移行する為のスタディーとして行ったのかも知れません。シトロエンとベルトーネの関係はかなり古く2CVのデザインにも関ったとされています。社内デザインとされているモデルにも何かしら関係してきたのですが、シトロエン自体の台所事情が芳しくなかった事が社外デザインとの決別を模索しなければならなかった原因になる事は容易に想像できます。
結果的にベルトーネのデザインを採用している訳ですが、シトロエン単独のデザインやPSAのデザインで発売される可能性も十分にあったでしょう。
それとXantiaがXMとZXの中間を埋めるモデルでありこの2台がベルトーネのデザインだった事も影響しているでしょう。デザインコンセプトを統一する事が第一義にあり、3台のモックアップが全体的に酷似している事から社内デザインもそのコンセプトでデザインを行ったと推測されます。

しかしベルトーネのモデルは殆ど市販モデルと変わらないフォルムとディテールに達しており、このまま発売されたと言っても過言ではないと思います。
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当時の雑誌に発表されたX1の予想図

内装のデザインは紆余曲折があったようでサテライトスイッチやステアリングのスポーク数などで相違が見られます。
シトロエンデザインセンターのものではXM風のワンスポークのステアリングにサテライトスイッチが付いたデザインがかなり後まで残っていたようです。BXでもGSでもこういったキワモノ的な部分が常にあるのは如何にもシトロエンらしいのですが、どのモデルもその後普通になっているのに全く懲りていません(核爆)
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ベルトーネのモノはステアリングこそ一本スポークですがその他はほほ生産車と変わらないデザインです。良く見るとダッシュ上にメーターらしきものがあるのですが、これは情報集中表示パネルだったようです。これくらいの遊びはあっても良かったかも知れません。
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下のスケッチではステアリングは3本のスポークに変更され、ダッシュ上面も見慣れたものとなっています。最終的には3本ではなく4本スポークのステアリングで発表されていますがここにオーディオコントロールが装備されていて最後までサテライトスイッチに拘るシトロエンが垣間見られます。
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この室内はアクティバのものですが、シフトレバーの前方に見慣れないスイッチがあります。もしやこれは悪名高い「暗証テンキー」ではないでしょうか?XMで不評だったのにまたやってしまったね。
全く懲りてませんねシトロエン(苦笑)
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93年、Rennes-La Janais工場で生産されたXantiaが世界に旅立って行きました。
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さて、95年からラインナップに加わったブレークですが、ブレークは南西フランスにあるHeuliez社で開発製造されました。元々この会社は他社からパーツを提供してもらいスペシャルモデルなどを生産するニッチ的な役割の会社でフランス以外にもドイツのメーカーなども手掛けています。シトロエンとは1936年から関係があり、DSのカブリオレもこのメーカーが生産していました。プジョー205ターボ16を作っていたメーカーという方が分かり易いかも。
ブレークはシトロエンの工場から提供される部品をHeuliez社でオリジナルのボディーパーツなどで組み立て直接ディーラーに納品するシステムになっています。
1995年から2000年までの5年間にHeuliez社で147,620個の部品がXantia Breakの為に生産されたと記録にあります。
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日本には未導入だった珍しいグレードという事でBuffalo 4x4もご紹介しておきます。
これはBreakのヴァージョンでしてHeuliez社が開発したへヴィーデューティー4駆モデルです。エンジンは115馬力を発生する2.1リッターのディーゼルターボを搭載し、トランスミッションとシャシーは英国にあるFDR-RICARDO社が開発。サスペンションは勿論ハイドラクティブサスペンションでした。
4輪への伝達にはリアにトルセンデフ、センターにビスカスLSDを備えるものでした。
内装もベーシックのXantiaと随分赴きが異なり派手です。
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最後に計画され実現しなかった2つのヴァージョンをご覧頂きたいと思います。
ひとつはクーペです。
大変、完成度が高く即生産ができる状態までできていたと推測されます。しかしシトロエンは自社ブランドにそういう顧客、或いは市場が形成されていないと判断して、生産のGoサインを出しませんでした。結局、ここで培われた実験やデザインはプジョー406クーペに引き継がれる事となるのです。
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そしてもうひとつがカブリオレです。ブレークを生産するHeuliez社が提案したもので、このカブリオレは幌ではなく収納式のハードトップを備えていました。結局これも日の目を見る事はできず、プジョー206CCでやっと完成するのです。
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ジキルとハイド(ロ?)
2008-02-02 Sat 12:38
大変難しい注文を出されてしまいました。
Xantiaのturbo 4x4です。
それもそのはずで、ZXの時と違ってメディアからの情報が丸でないからです。少なくともこのクルマに関しては日本人が書いた記事にはヒットしませんでした。
今回お送りする内容は、普通のXantiaが「ジキル博士」だとすると「ハイド氏」に相当するものだと思います。

このマシンを紹介するにはヨーロッパのラリー事情について説明する必要があると思われます。
我々が良く知るWRCはその名前が示すとおり正に世界を股に掛け戦われるレースです。このWRCは日本メーカーも参加している事からメディアの露出率も高く情報も多くなっているのですが、その下のマイナーレースになると途端に情報がなくなります。まあ、国内のラリーだって専門誌以外では載らないか載っても小さく扱われる事なので大差はないかも知れないですね。
ヨーロッパでも同様な各国単位で行われるラリーとヨーロッパ・ラリー選手権があり、シトロエンもパリ・ダカのような大きなレース以外にこういったレースに参加していました。
BXもWRCのような大きなレースにこそほとんど参戦していませんが、4x4 TURBO 16 STやRCでラリークロスやツーリングレースなどに常時参戦。4気筒1721ccDOHC16V+ターボチャジャーで380psのエンジンを搭載。特にラリークロスでは元々BXの素性が良かったらしく戦闘力は高かったようです。91年と93年にはチャンピオンになっています。

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この93年はBXがワークスとして最後の年となり、Xantia Turbo 4×4 Rallycrossに引き継がれます。Xantiaは93年から2000年までの間ラリークロスの主力として使われデビューの93年に早くもヨーロッパチャンピオン、94年と95年にはフランスチャンピオンになっており数々の勝利をワークスにもたらす事となりました。
エンジンはCTターボエンジンだと思われがちですが、Xantiaのものではなく、BXに搭載された4気筒コンペディションエンジンを1905ccに拡大して搭載され、その出力は550psに達しました。その後97年には650psまで出力を引き上げられ、最終版となる99年では排気量を1998ccに拡大しほぼ700psを捻り出していました。画像を見てお分かりの様に、エンジンは横置きではなく縦置き!にレイアウトされていました。
初期の94年まではオーバーフェンダーは控え目なものでしたが、その後トレッドがどんどん拡大され車体重量が増大してきました。戦闘力を回復する為、何とハイドロサスペンションをコントロールする高圧ポンプやアキュームレーターなどを降ろしてしまいます。軽量化ですね。しかし、あのシトロエンがハイドロサスペンションから通常のサスペンションに切り替えるはずはありません(笑)
どうやってコントロールするかというと、レースの直前に外部ポンプをハイドロシステムに接続し、車体の高さをセットします。そして、システムが閉じられレースの間は一定の圧力を保ちハイドロが機能するようになっています。装着されたスフィアにはガス圧が管理できる機能があり、また個別に接続できるようになっていました。つまり長丁場のレースでは燃料補給やタイヤ交換に加えサスペンションの圧力チェックも行っていたと考えられます。

そこまでやるかシトロエンですね(苦笑)

この時代まではハイドロの可能性を本気で試そうと思っていたとしか思えません。ちょうどこのXantiaではハイドラクティブⅡを搭載した時期であり、次世代サスペンションとしてアクティバが投入され、アクティブ・サスペンションとしてのハイドロシステムの完成を急いでいた時期です。その本気さが、このXantia turbo 4x4 Rallycrossにも表れていたように思えます。残念な事に、アクティブ・サスペンションとしての開発はXantiaのみで終わってしまいました。コンペディションモデルでもハイドロは採用されなくなり、市販車においても嘗てのハイドロへの夢、というかシトロエンの持っていた理想主義は影を潜めたように思え寂しい気もします。
その後、次世代WRカーであるXSARAに主力を明け渡しましたが、グループB時代の面影を残すレーシングカーとしてXantiaは特別印象深いものでしょう。

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さて97年のパリ・ダカのレギュレーション変更を受けシトロエンは主戦場を国内ラリーやヨーロッパ・ラリークロス・チャンピオンシップに移した為、更にそのウェイトが高まってきました。
では何故日本では採り上げられないようなレースにシトロエンは参戦し続けたのでしょう。
実はヨーロッパでのラリー人気は大変高いのです。とりわけフランスにおける人気は格別でF1をも凌ぐとさえ言われます。しかも戦績が販売に大きく響くとあって各社が鎬を削る場でもあります。当然Xantiaの場合もActivaやV6モデルを売る為のものでした。従い、フランス車のスポーツヴァージョンはラリーやツーリングレースのイメージと直結した所があり、日本人が考える「フランス車像」よりずっと走りの印象が強いと言えるでしょう。一旦、WRCから撤退したプジョーでさえF2クラスに306Maxiを投入し、99年には206WRCで完全復活したくらいです。

面白い事に、調査を進めているとXantiaをベースにしたクーペがPSAで検討された事が分かってきました。93年当時の事でXantiaはもしかするとクーペがヴァリエーションに加えられデビューする可能性が高かったようです。エンジンはXMのものが搭載される予定でスポーツヴァージョンとして開発されていたようです。Xantiaは最初から本当にV6エンジンを前提とした設計が行われたとされる根拠はこれではないかと思われます。しかし結果的にPSAはXantiaではなくその後に登場する406に開発ノウハウを委譲します。

今回、貴重な動画としてCGの動画をUPしました。著作権の事もあってUPは差し控えようかと考えましたが、サイズとクオリティーを落としてUPする事にし、原版が欲しい方は是非バックナンバーでご入手頂ければと思いUPに踏み切りました。




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