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まとめてUP
2011-04-25 Mon 14:07
約束通り、軍曹のブログに寄稿していた震災関連記事を持って来ましたよ。
19本です。文章量もタップリなので(笑)
一部、向こうの記事向けだったためココではおかしな表現となっている部分がありますが、その部分も含めて一切手を加えずに転載しています。
また、話の流れ上、軍曹が書いた記事を一本挟んでいます。
テーマの途中までという記事もありますので結論に達していない内容があります。この辺はご容赦ください。今後、完成すると思いますので。

これらのテキストを書くキッカケになった事情をちょっと説明しておきます。
大分市でも「自衛隊の家族」と語って支援物資を集めるチェーンメールや、節電を呼び掛ける「関西電力の友人メール」が出回りました。
これに反応する人が後を絶たず、危機感を覚えたのが始まりでした。
最悪のケースは、個人から物資を実際に集めた団体で、最初は自衛隊が輸送してくれると言っていたのですが、後に県が取り纏めるなどと言って話を大きくして行きました。
しかし、その時点では大分県は県民からの援助物資は要請していませんでした。結果的には後になって県が募集を始めたのですが、ブログの(当時の)記事を読む限り県へ働き掛けた様子が窺えました。
この物資提供の呼び掛けは多くの人がブログで拡散してしまったために、かなりの人が動いたようですし、届いた物資も相当数に上りました。
結局、送れない古着などが中心となってしまい、発起人が愚痴を溢すようなことになりました。
普通ならこれを以って記事にすることではありませんでしたが、僕の友人が「自衛隊ではそのような事実はない」と知りメールで発起人に問い合わせたところブログの内容に改竄、そして削除とあからさまな隠蔽が行われるようになりました。
一番最初にチェーンメールの記事を上げた時点ではこの事実を知らずに注意喚起が目的でしたが、友人がコメントした辺りから事情を知り(3月14日)、詳しい経緯を聞くことになったのが発端です。
この当時、物資呼び掛けの内容は明らかにチェーンメールの内容と一致していました。
発起人が記事を削除した時期は総務省がチェーンメールの注意を書き始めた時期と一致していましたから、確信犯だったんでしょう。そして「自衛隊」の文字は完全になくなってしまいました。
この呼び掛けが行われたのは3月12日で震災の翌日ですが、この時点では混乱していて必要物資など全く把握できるはずがありませんでした。タマタマ、13日になって軍曹の携帯にチェーンメールが来て(夜8時過ぎ)それで上げたのが「デマ」でした。拡散した人への記事に「それはデマではないか」という意見が寄せられるようになったのも同時期です。心ある人々は訂正記事を上げるようになりましたが、発起人からの記事を転載していてそれを残していますから「元記事の改竄」は比較すると簡単にわかることでした。因みにこのページからのリンク先も転載の元になった12日の記事が削除されています。これは13日の記事で【昨晩は、『緊急物資の呼びかけ』を読んでいただきありがとうございます】と書いているのに直前の記事は5日なので一目瞭然です。
僕の友人から「該当記事の削除」が行われたことを聞いた時点で、刑法の「欺罔罪」が適用される可能性がある。誰かが訴えでもしない限り逮捕はされないが、訴えられることは否定できないよ。こういう話もしていました。
記事の削除は寄付した人からの指摘かメールでの指摘(これは複数あったよう)によって恐くなり削除したものと思われます。
気持ちはわからんでもないが、嘘をついてまですることじゃないでしょ。
まさかこのようなことが起きるとは思っていなかったんですが、現実にはこういう現象が大分に限らず各地で起きていたのかも知れません。何しろチェーンメールの転載は様々なところで見受けられましたから。
佐賀銀行のケースではやはり女性でしたが逮捕されています。善意だから逮捕されない、ってことではないんですよね。
結局、古着は自分たちで仕分けしてありがとう袋という「ゴミ袋」を子供たちに作らせて処分したようです。文章を読むと分かり難いんだけど、そういう風に解釈できます。もうちょっと普通に分かる書き方して欲しいんだけどな(苦笑)
まぁ、何でもかんでも送られて現地が疲弊するよりはマシってことで。
このようなことで一連の記事になったわけですが、昨日書いた「あなたは子供に何を残せますか?」では原発廃止への急進者について書きました。大分では「脱原発大分ネットワーク」というところが暴れているようなんですが、何と上記の団体と関係があるらしいですな。←ついさっき知った
いや、もう、何と言っていいのか。。。(開いた口が塞がらん)
ご存知だと思いますが、すでに「貰い手のないランドセル」をはじめ行き先のない物資が被災地では溜まり始めています。こういう事態が起こり得ることは見識のある人から被災直後に指摘されていました。
ニーズが時間の経過で変化することも、ある程度予測ができると思います。
残念なことに「思いやり」と「思い込み」を混同する人はいつでもいます。


顰蹙序に偽らざる心境を書いておきます。
脱原発だとか今回のような物資支援を強行するような団体の論調がね、気持ち悪い。
人それぞれ感じ方はあると思うよ。僕はもうダメ。
場合によっては宗教じみてるような感じがして、どうしてもあのタイプの文章は受け付けないんです。
全体的に感じるのは文章が幼稚だな、って感じる点かな。全部がそうじゃないけど傾向的にあるようです。
まぁ、人の勝手ですがね。



で、

ダイジロウさん、けろよん。さん。
コメント頂いていたのにレス付いてなくて申し訳ありません。
気がついたのが遅すぎて、完全にタイミングを逸してしまいました。
病後の経過ですが、手術そのものはうまく行ったのですが、その後、感覚神経が侵されていて中々戻りませんでした。今はほとんど問題ないレベルまで戻りましたが、親不知と言えども侮れないです。
下手すると命まで取られかねません。

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あなたは子供に何を残せますか?
2011-04-25 Mon 10:27
原発廃止派と原発推進派の論争。
まぁ、ある程度仕方がない、というかこの事故の後に原発反対が大きな声を上げるだろうとは予想できた。
しかし、これらの論争は不毛だ。
何故かって?
簡単な話でお互いの立ち位置が対極にあるので、平行線のまま絶対接点を持たない論争だからだ。
宝くじを例にしてみるとジャンボ宝くじの当選確率は1000万分の1で1等が当選する確立。この確立は交通事故に遭う確立より低い。しかし、買う人は「買わなければ当たる権利はない」と主張し、買わない人は「その程度の確立では投資した金額を回収できる見込みはない」と主張する。どちらも尤もな意見と思う。
原発論争もそれに近いものを感じている。
ただ原発と宝くじでは電気という「恩恵」を受けている点で全く異なる性質の話だろう。要するに我々は宝くじがなくても生活できるが、電気がなければ生活できない。
いや、生活できないどころか経済も止まって生きて行けない。これは動かされざる事実である。

関東方面は福島第1原発が停止して不足する電力をどうやって補うか検討に入っている。いや深刻なのはその他の発電所も被災しているということだ。いくつかの火力発電所は再稼動を始めているが、まだ被害が大きくて復旧していない発電所がある。どうしても福島原発の報道が大きく扱われるのでこういう類の情報が少ないのは東北電力の状況と同じに思える。
特に宮城県は壊滅的と言って良いのではないだろうか。
実は先頃、東京電力が発表した夏場の発電量は果たしてそれを実現できるものか不安材料が残る数値でないかと思っている。上積みできた分で大口需要家と一般家庭の節電量数値を出したが、これは結構危ういのではないかな、と思っている。一般家庭の節電なんか、希望的観測であって正直「水物」だと思う。
しかし一方では反原発派が「原発停止運動」を行っているようだ。
「事故があってからでは遅い。今すぐ止めてくれ」
「もう原子力発電なんて恐いものはコリゴリだ」
「そんなものがあっては子供たちの未来がない」

本当にそうだろうか。
今、全国で原発を止めたら恐らく日本は立ち直れないに違いない。
原子力による発電割合は全国で23%程度だが、各電力会社の比率はかなり異なっている。節電で乗り越えられるのかは結構、各地で格差がある。
東京電力はほぼこの数字どおりでこの数字をクリアできれば原子力なしでも行ける。
東北は16%で結構「みんなでがんばれば行けるよね」と言えそう。
中国電力は8%で望みが高い。沖縄には原発がないから今までどおりで問題ない。
北海道とこの九州は原発がないとかなり難しい。電力の約40%を原子力に頼っているからだ。
関西電力は何と48%が原子力で半分程度を占める。四国も38%で多い。
これらの地方は現実問題、原子力発電がなければ電力は足りない。
関東の20%削減でもかなり大変なのに、4割削減は絶対的に不可能と考えるのが常識というもの。
これを「節電できる」と思うのは勝手だが、悪いけど本気でそう思っているなら余程おめでたい思考をしているんだろう。
何を根拠にそこまで節電できるんるんだか、少なくとも根拠を示して欲しいね。
希望的観測によって世間を混乱させるのは罪ではないか。
このような原発依存の高い地方で原発を止めて火力や水力でカバーした分でも電力不足となるのは必至だが、その場合どのようなシナリオが考えられるのだろうか。

電力の大口需要は産業界である。日本は製造の占める割合が大きいから、各工場の操業が下押しされるものと思われる。各業界での調整に入っているがピーク電力を予測するのは非常に困難と思われる。
或いは、九州の原発依存率41%を最初から織り込んで削減するとなると、かなりの収益削減を覚悟しなければならない。
当然、工場が操業できないので自主休業のような調整や余剰人員の整理が始まり、大規模な失業者の発生が出てくる。親会社の影響は子会社、孫会社にも影響し関連倒産が増加。
地域経済にも影響が現れ、地方財政から崩壊が始まる。
こうなると負の連鎖が止められなくなり、信じられない規模で経済崩壊する。当然、日本経済は停滞したままで莫大な費用の掛かる被災地は復興できない。
働く場所はいよいよ減少し、子供の世代も就職することさえ儘ならなくなる。

原発を止めてやって来るのはそんな「闇の世界」だ。
私たちは今の恐怖と不安から逃れる為に、子供たちに終焉の世界を残そうとしている。
経済破綻した日本は本当に終わりである。
反原発の論者が台頭する今、改めて冷静な判断をするべきである。産業界は着実な方法を選択することが復興への足掛かりとなり得よう。

私たちがもし原発反対を「明るい子供たちの未来に」という耳当りのいい言葉を使うのであれば、僕には全く逆に聞こえる。原発を止めて「悲惨な子供たちの将来のために」と言っているのと変わらないと思う。
理想論は否定しない。だけど、理想だけ振り翳して地に足の付いていない意見は「暴論」だ。
他方では“がんばれ、日本”といい、現実には“お終いにしよう、日本”と言っている活動家、どうか黙れ!

原子力は有限資源だから未来永劫これに頼れない。化石燃料も有限資源だ。オマケに地球温暖化の原因ともなる。だからリスクを承知で原子力に中繋ぎに出てもらったのではなかったか。

エコ、エコ騒いでいた、あの根拠はどこに行ったのだ。

CO2削減とはどこに消えたのか。

結局、地球に“良い事している気分の輩”のエゴではないか。

チェルノブイリの事故が起こって日本でも原発反対の運動が盛り上がったのは、僕がちょうどうちの長男と同じ中学生だった頃だ。僕の学生時代というのは反原発の嵐が吹き荒れていた。その前には原子力船「むつ」の放射線漏れ事故があって、世間が原子力に関心の高い時代に青春を過ごした。だけど高校生の時、原発を反対する彼等の意見には違和感を覚えた。
とにかく感情優先なのである。子供だった僕でも十分に理解できる危うい理論だった。電力会社や政府が危惧していたのは急激な電力需要の増加だったが、その時代は現実となった。そして地球温暖化の問題が提議されるようになる。
僕にとってプラカードを掲げ講義する彼等の姿から結局感動は得られなかった。あまりにも近視的な発想に辟易することはあっても「良い事をしているムード」の彼等を寧ろ軽蔑した。今も不足するエネルギーはまだ実現すら見通しの立たない燃料電池や発電量の少ない再生エネルギーでカバーできるとし、一方では万分の一レベルの原発事故を心配する。
幼稚な発想で我々の生活を脅かすのはもうやめてくれ。
何故、大きな問題を俯瞰的に考えられないのだろう。
何故、手を取り合って助け合わないのだろう。
これが今、漫然と心を支配しているイライラなのかも知れない。

僕もこの地球が平和で豊かに暮らせる星であって欲しいと思っているひとりだ。だから色んな資料や論文を予てから集めていた。子を持つ親として明るい未来を切望するひとりと思っていた。
しかし知れば知るほど今までの知識と違うギャップを感じた。片方ではエコと言い、片方ではこの国の年間電力需要は下がるどころか5%ペースで伸びている。景気だって伸びて欲しいと思っているだろう。
しかし、そのためには電気が必要だ。
だからこそ、割り切りも必要かと思うのだ。

今を耐えるのも未来へのステップと僕は思う。そう思わなければ耐えられない。
原子力は何れ他のエネルギーに取って代わられる存在であることは自明の理だ。しかし、その代替エネルギーが実用的なものになるのはまだ先である。太陽発電でさえ一般に普及するのはコストの壁が大きく立ちはだかる。
今すぐは無理でも、今回のことで新エネルギー開発は拍車が掛かると考えている。
だから、今の現実を耐えよう、と提言しているのだ。
目先のことができなくて遠い将来など見据えることなどできるはずもない。現実を見なさい。
私たち共通の問題は協力なしに解決できない現実なのだ。

次世代への問題は次世代が受け持つ問題とも思えるのだ。
あなたは子供に何と言うのだろう。
「次の世代が生き残れない世界を作ってしまった」なのか或いは「私たちは耐えて君達に望みを残したか」
阪神淡路も次世代へバトンタッチが必要な震災だった。今回の震災は更に複雑で色んな影響を及ぼすことは間違いない。そんな未来へ必要なのはお金とエネルギー、そして希望じゃないだろうか。
現に存在する原発と私たちは付き合っていかなくてはならない。これは紛れもない事実だ。
「恐いからなくして」というのは容易い。
しかし、それが現実になった世界は悲惨だ。もちろん電気の供給が目的(これは使命と言ってよいだろう)の電力会社がそのような愚考を犯すとは思えないが、世論というのは恐い。
あなたは子供に何を残せますか?

<注記>
この記事、凄く迷って書いた。で、結局最後の一言が自分の中の覚悟と気持ちだった。
この子達の将来のためにいい日本であって欲しい。そのための我慢はある程度仕方がない。そう思った。
この時期に原発容認の方向で書くのは相当なリスクがあると思ったが、しかしこれだけはハッキリしている。
原発なしでは生きて行けない現実。
私たちが本当に賢いのなら、新たなエネルギーの開発を行う研究もするだろうし、有限資源の枯渇するまで使うとは思えない。英知は使うべき場所を間違ってしまうと恐ろしい結果を招くというのは原爆開発者だったんじゃないだろうか。
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原発とどう向き合うか
2011-04-12 Tue 13:57
残念ながら原子力発電所の事故は起きてしまった。
これをヒステリックに断罪しても何も良い方向に行くと僕は思わない。想定外の枕詞ばかりが目立つ「言い訳」に腹が立たないわけではないが、それをとやかく言っても漏れた「放射性物質」がなくなるわけではない。過去に想定ミスや電源全喪失の状態に備えるべき、との議論がされ、それがなされなかった事実があるにせよ、私たちはそれを記憶に残すことはしても行動する順序があると思う。
言っておくが、電力会社の怠慢を許す心算は全くない。
原発事故が天災によって発生したかもしれないが、結局は備えが足りなかった。それは人災と言って差し支えないと思う。先日「風評被害」について書いたが、彼らは被害者に間違いない。今後、政府と東電は全力を挙げて彼らのバックアップを行わなければならないのは明白である。その方法を早い時期にハッキリと打ち出さないと彼らも不安だし、私たちも不安を払拭できない。
そして私たちは今後、否応なしに放射性物質というものと付き合わなければならなくなった。それとどう向き合っていくか、それが今回のテーマである。

さて本題に入る前に巷で騒がれているドイツ気象局のシュミレーション。

ドイツ気象局(DWD)の粒子シュミレーション分布図


ココの所、政府が情報を隠していると揚げ足取りの材料にされているこのデータだが、実は隠していたわけでも何でもない。
図の題は「福島から放出される放射性粒子の相対的な分布図」と書かれていて左側の注意書きに「要注意:放出源の濃度が明らかでないため、この予想図には空気中にある放射性粒子の実際の密度が反映されているとは限りません。発電所からの仮想上の放出が天候条件によってどのように分布し希釈化されていくのかのみが表現されています」と書かれている。
要はこのデータ、○月○日に放射性物質が放出されたしたら、気象条件でどのように放射性物質が薄まっていくかを相対的に表したシュミレーションだったわけだ。
分布で示す赤の部分は僅かに希釈されている部分で、それに対して相対的にどの程度薄まるのか示しているに過ぎない。
よって現在、このような分布になっているわけもなければ、空気中の有害物質密度も反映されていないので危険度の評価として利用できない。

日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測

これを報じたのは読売新聞だが、肝心な注意書きの部分をカットした理由はなんだろうか。まさかワザとではあるまいか。注意書きの部分はドイツ語と英語が併記してあるので、読めば意味はわかったはずだった。
とりあえず読売は信用できないで桶の悪寒。


ドイツ気象庁(DWD)による粒子分布シミュレーション & 片対数グラフの説明

序にこちらも槍玉に挙げられている気象庁の資料。

IAEAの要請により作成した放射性物質拡散のシミュレーション資料について

昨日のサンデープロジェクトでも取り上げていたが、どういう類のデータか説明なしで「なぜ早く公開しないのか」と言っている。
このシュミレーションはIAEAへの報告として作成されていたものだが、ドイツ気象局のシュミレーションと同様、仮定のシュミレーションであって今実際に起きていることを示しているのではない。
要するに隠すような資料でも何でもないから、簡単に分かる場所に公開する必要もなかった。

<追記>
言葉足らずに思えたので補足。
この文章の意味は「見せると多くの人が勘違いするので、わかりやすい場所に置くべきでなかったファイル」と表現する方が適切かと思える。
シュミレーションというのは特定の条件で計算するとどういう風になるか(凄く大雑把な言い方だけど)を確かめる為、同じ事象でも調べる目的ごとに異なる結果のシュミレーションが存在する。こういうことに親しみのない人はこの情報を「予報」のように受け取ってしまいがちだ。シュミレーションが仮想現実のようなものと思えば良いのだが、多くの人はそうは思わない。メディアがミスリークしたばかりか、勘違いしたままネットで転載されているのが何よりの証拠。
シュミレーションゲームに嵌った人ならこの辺りよくわかるのではないだろうか。いろんなパラメータを変更すると結果が大きく変わるでしょ。

シュミレーションの目的がそもそも何か、ということをそっちのけで「危険だ」と騒ぐのはマスコミとして如何なものか。
この内容は、もうひとつのテーマ「情報難民、情報弱者」のシリーズに本来載せるべき内容だが、緊急的にこちらで取り扱った。
マスコミの報道にも十分注意して資料の裏付けを取りながら判断する必要があるということである。

放射線による障害

まず、放射性物質から出される放射線によってどのような弊害が生まれるのか把握しなければならない。
放射性物質は放射線を出している。その放射線を出す能力を放射能という。
「放射能に汚染される」という表現は正しくなく正しくは「放射性物質に汚染される」である。
ともかく放射性物質は放射線を出している。それが人間の細胞に当り障害を及ぼすが、短時間で大量に放射線を浴びた場合と、長期間に低線量の放射線を浴びるのでは障害の出方が異なる。この線量は最近お馴染みになったシーベルト(Sv)ではなくグレイ(Gy)を用いる。シーベルトが人体に吸収した放射線の影響度を表すのに対して、グレイは吸収した放射線のエネルギーの総量を表す。放射線によって人体への影響度は異なるため、シーベルトへの変換は受けた放射線加重係数を掛けて変換する。ここでは単位の混乱を避けるため全てmSv(ミリシーベルト)に統一する。

・mSv=放射線荷重係数WR×Gy


放射線荷重係数(国際放射線防護委員会の勧告による)
種類
荷重係数(WR
X線、ガンマ線などの光子 1,000
ベータ線(電子)、ミューオンなどの軽粒子 1,000
中性子 10KeV以下 5,000
中性子 10 - 100KeV 10,000
中性子 100 - 2,000KeV 20,000
中性子 2,000 - 20,000KeV 10,000
中性子 20,000KeV以上 5,000
反跳陽子以外の陽子でエネルギーが20,000KeV以上のもの 5,000
アルファ線 20,000
核分裂片 20,000
重原子核 20,000


短時間で大量の放射線を浴びる、即ち急性放射線障害の境目は1Gyである。人体全てに等しく影響するのではなく、活発に活動している細胞ほど影響が高くなる。

急性全身照射の際現れる急性障害とその経過
線量域(Gy) 放射線宿酔発現までの時間 主な症状 被曝から最重症までの期間 死亡時期
0~1
1~2 3時間 軽度な白血球の減少
2~6 2時間 白血球・血小板減少症、出血、免疫低下による感染症、水晶体混濁、脱毛、一時的紅斑 2~6週間
2ヶ月以内
6~10 1時間 小腸の幹細胞破壊による下痢、白内障、皮膚の水泡
10~15 0.5~1時間 皮膚潰瘍、意識障害、ショック症状 5~14日間 2週間以内
50以上 0.5時間 運動失調、嗜眠 1~48時間 2日以内













UNSCEAR 1988年 Report,日本語訳:「放射線の線源、影響およびリスク」実業公報社(1990)

大量照射ではこのような影響が認められる。
さて4月10日の福島第1原発周辺のモニタリングポスト数値だが、最も高い数値を示したのは測定エリア【83】の52μSv/hである。ミリシーベルト換算で0.052mSvなのだから急性症状の発現する1000mSvには程遠いということが理解できるだろう。
よって我々が急性症状を心配する要因は現状で全くないと言える。

低線量被曝

我々が今後、注意しなければならないのはこの「低線量被曝」である。
今回の福島原発事故が収束するにはある程度の時間が必要だという認識の下、しかしながら流出する放射性物質は一時的なピークを除けば全体に安定して第1原発は横這い、第2原発は減少傾向にある。
問題は現在トータルでどれくらい被曝しているのか知ることだと思うのだ。
現在、事故を受けて緊急措置の年間被曝許容量を引き上げているが、それがどのレベルなのか表を示す。
この数値は自然放射線など普通に生活していても被曝する放射線以外の数値なので注意。

放射線量の大きさに対する人体の影響
実効線量(mSv) 内訳
0.05 原子力発電所の事業所境界での1年間の線量
0.1 0.3 胸部X線撮影
1 一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度(ICRPの勧告)
放射線業務につく人(放射線業務従事者)(妊娠中の女子に限る)が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい放射線の限度
2 放射線業務従事者(妊娠中の女子に限る)が妊娠を知ったときから出産までにさらされてよい腹部表面の放射線の限度
2 広島における爆心地から12km地点での被曝量。12kmまでの直接被爆が認定されると、原爆手帳が与えられる
2.4 一年間に自然環境から人が受ける放射線の世界平均
4 胃のX線撮影
5 放射線業務従事者(妊娠可能な女子に限る)が法定の3か月間にさらされてよい放射線の限度
720 X線CTによる撮像
50 放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が1年間にさらされてよい放射線の限度
81 広島における爆心地から2km地点での被曝量爆発後2週間以内に爆心地から2km以内に立ち入った入市被爆者(2)と認定されると、原爆手帳が与えられる
100 人間の健康に確率的影響が出ると証明されている放射線量の最低値
放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が法定の5年間にさらされてよい放射線の限度
放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が
1回の緊急作業でさらされてよい放射線の限度。妊娠可能な女子には緊急作業が認められていない
250 白血球の減少(一度にまとめて受けた場合、以下同じ)
福島第一原子力発電所事故の処理にあたる放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)が1回の緊急作業でさらされてよいと特例で定められている放射線の限度
500 リンパ球の減少
1,000 急性放射線障害。悪心(吐き気)、嘔吐など。水晶体混濁
2,000 出血、脱毛など
5%の人が死亡する
3,000~5,000 50%の人が死亡する(人体局所の被曝については3,000 : 脱毛、4,000 : 永久不妊、5,000 : 白内障、皮膚の紅斑)
7,000~10,000 99%の人が死亡する
10,001以上


20mSv/yは健康な成人男性なら特別問題視する数値ではないが、女性や子供の場合この表を見る限り適当とは思えない。男性より女性の方が放射線への感受性が高く、子供は年齢によって感受性が異なることがわかっているからだ。

ヨウ素131とセシウム137を経口摂取した場合の実効線量係数
摂取者の年齢(歳)
ヨウ素131
実効線量係数(mSv/Bq
セシウム137
実効線量係数(mSv/Bq
0~10.000180.000021
1~20.000180.000012
2~70.000100.0000096
7~120.0000520.000010
12~170.0000340.000013
17歳以上0.0000220.000013

子を持つ親の心境としては少しでも被曝量を減らしたい、と考えるのは当然だと思う。僕だって同じだ。
しかし男親というのはそういう時にこそ「こうだから安心しなさい」と家族の核の働きをすべきじゃないだろうか。
飲料水から放射性物質が発見され制限が加えられたが、じゃあどれくらい被曝するか、とかどの程度経過すると心配するだけムダとか言うのも家族を守る男の立場と思うのは僕だけか?
3月23日の東京で検出されたヨウ素は210Bq/kgだった。それがどの程度の放射線量だったのか計算してみた。

預託実効線量 = 放射能濃度(Bq/kg) × 実効線量係数(Sv/Bq) × 摂取量(kg/日) × 摂取日数(日)
ヨウ素I-131の実行線量係数2.2×10-8 

http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html
人が一日に飲む水の量2リットル=2kg
210×2.2×10-8×2=0.00000924mSv


この数値は上記の1mSv/yと比較しても全く問題にする数値ではない。

では、1歳未満の乳幼児に与えた場合はどうだろうか。

先の表の数値を当てはめて計算してみると

210×0.00018×2=0.0756mSv

桁がかなり上がるがこの数値をとっても特段に人体への影響があると言えない数値であり、この規制値に問題があったわけではない。規制値の引き上げについて批判が多いが、普段の規制値は全く人体に影響を与えないばかりか過剰なくらい安全マージンを取った数値である。ICRPの規制値は厳し過ぎる、との批判もあり、今回の規制値引き上げはICRP自らの勧告に従ったものであることに留意すべきである。
東京都が何故この数値で制限を掛けたかはもちろん規制値を超えたからだが、もし放射性物質の数値が下がらずこのまま維持されると確実に年間許容量の1mSvに近付くためである。



年間累積被曝量

ここまでは、スポット的な被曝量について計算してきた。
しかし、我々は飲料水だけから被曝するわけではなく、空気中の放射性物質、降下物(フォールアウト)などからの外部被曝と呼吸や汚染された食物を経口摂取することによって体の内側から被曝する内部被曝の両面を計算し、年間被曝量の限界値までどれくらいの余裕があるか知る必要があるだろう。
現在、モニタリングポストの値はヨウ素I-131とセシウムCs-137の値を各自治体が毎日公開している。これ以外にストロンチウムSr-90も3番目に懸念される物質だが、生成される量が非常に小さいため、検出されていないと思われる。と思ったら、今日(13日)の報道で飯館村と浪江町でSr-89とSr-90がそれぞれ検出されたようだ。土壌とサンプル植物からの検出で水に溶けやすい性質により土壌に溶け込んだのではないだろうか。
さて、計算の実例として特定の地域で現在までの累積値のモデルを出そうと思っていた。それを30kmエリア外で高い数値だった飯館村にしようかと資料を引いていた昨日、事故のレベルをチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」に引き上げ、飯館村の計画避難が始まったと報道された。
レベルは同じでも事実上、起こったことは違っている。チェルノブイリと同一視できない、というのが当初からの見解だが現状でもそれは変わらない。
チェルノブイリ原発は黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉(RBMK)という中性子の減速制御に黒鉛を用いた原子炉でロシア特有の原子炉と言えるものだ。
この原子炉の特色は減速制御が固定された黒鉛ブロックが受け持ち、冷却水は吸収に使われるということである。この冷却水の絶対量は大きくなく核反応が増大すると水の密度が不足して冷却不足になるボイド効果があったが、燃料ペレットが温度上昇に伴って中性子吸収が増大して安定する正のフィードバックを持つのと反対に低出力では負のフィードバックによって雪だるま式に熱上昇が起こる構造だった。
つまり高出力では安定するが低出力では不安定という運用上問題の多い原子炉だった。
事故の時、低出力で緊急停止したため負のフィードバックが生じた。緊急停止すると6秒間、冷却水が停止する構造だったため冷却水が蒸気化し原子炉が暴走。ジルコニウム合金圧力管が破損して黒鉛ブロックと接触して水蒸気爆発し、原子炉建屋もろとも大爆発をした事故だ。
ソビエト計画の真打だったこの原子炉は安価で低濃度ウランでも稼動できる特色がある反面、構造的にも理論的にも欠陥を内包していた。これに加えてオペレータの教育不足が加わった。
日本の事故はこれとは全く性格が異なるものだ。冷却手段を喪失したことは同じだが、チェルノブイリでは極短時間でメルトダウン、爆発というプロセスを踏んだのに対して、福島の事故は水素爆発であって建屋が損傷した。格納容器に損傷があるのかはまだ正確にはわからないと思われるが、少なくとも炉心爆発ではない。事故の質が違う点はしっかり理解するべきである。
エントリーの書き出しで記述したように、マスコミにもさも「行政に隠そうとしている」とするかのような思惑を大衆に植え付けたい意図があるかのような記事を書いている事実から、タイトルに惑わされて判断を鈍らせないよう気をつけなくてはならない。

さて今回のテーゼに戻そう。
外部被曝と内部被曝の観点から累積値を求めるのであるが、モデルケースをどこに求めるか改めて考えてみた。今のところ避難すべきでないエリアの福島市がどのような状況か計算で求めてみようと思う。

データは福島県災害対策本部が発表した県内各市町村 環境放射能測定結果(暫定値:第36報)を元に環境放射線を計算した。
計測は3月17日以降に行われたのでそれ以前のデータがない。従い16日以前は17日の測定値を用いた。

1日当り放射線量(mSv/d)=(1回目測定値+2回目測定値)/2/1,000×24

測定値はマイクロシーベルトなので単位を揃えるためミリ換算の1,000で割っている。
環境放射線の累積値は3.84612mSvである。

一方で空気中にある放射性物質を呼吸によって吸い込むことにより、体内から被曝する内部被曝のリスクがある。
こちらの資料は「文部科学省 環境資料及び土壌モニタリング測定結果」の観測点【1】 福島市杉妻町のダストサンプリングデータを元に算出した。

ヨウ素I-131呼吸による被曝量=測定値×7.4×10-9×呼吸容積
セシウムCs-137=測定値×3.9×10-8×呼吸容積

成人の一回換気量:0.0005㎥
1分間平均呼吸回数:14回
呼吸容積=0.0005×14×60×24


それぞれ計算して合計したものが呼吸による内部被曝の累積値となるが、セシウムに関しては一部データ欠損があるため若干数値が低くなっている。
これによるとデータが提供され始めた3月17日から4月11日までの内部被曝量は0.04mSvである。

これらの数値は当然、24時間風雨に晒された状態、つまり最も放射線を浴びる条件で計算したもので、実際には屋内にいて、放射性物質を吸い込まないようマスクなどの防護をしているとこれよりずっと小さい被曝量になっていると考えられる。特にウイルス対策用のマスクはウイルスに比較して放射性物質の粒子が大きい事から効果が高いと思われる。
政府の屋内退避による被曝低減の根拠はIAEAがまとめたPlanning For Off-Site Response to Radiation Accidents in Nuclear Facilities(IAEA-TECDOC-225)のデータに基いたものである。

これによると機密性の高い建築物においては1/20~1/70、通常の換気率建築物において1/4~1/10甲状腺線量を低減できるとしており、いかにヨウ素を吸入しないよう注意するかが重要だとしている。
また、放射線から遠ざかることが最も有効である、とした上で、混乱などを考慮すれば簡便な方法として屋内退避が有効な手段であるとしている。
さらに被災直後、ライフラインが寸断され水の供給が停止したことから飲料水からの被曝や食べ物からの被曝は極小であると思われ無視できるものと考えられる。
従い、福島市内の成人については現状で年間の限界被曝線量1mSvには若干余裕があると見てよいだろう。
感受性の強い17歳以下の子供については注意が必要なのは言うまでもない。
特に背に低い小学生以下の児童は地表から舞い上がる埃に含まれる放射性ダストに影響を受け易いだけでなく、自ら予防措置を行えない。従って周囲の大人がサポートする環境づくりが欠かせない。
特段気をつけなければならないのはヨウ素であるが、原発が安定すれば半減期の短いヨウ素は短期間に問題とならないレベルになるのであって、未来永劫このレベルでないことは日毎に計測数値が小さくなっていることでもわかる。
寧ろ恐いのは「慣れ」で雨に当たらないように、とか吸ってしまわないようにマスクで防ぐなどといった注意が疎かになることだ。危険が去ったわけではないので遠くの人も近くの人も「ほどほどに恐がる」ことが重要だと思うが如何だろうか。

さて政府は平時の年間被曝許容量1mSvから緊急時の20mSvに引き上げる方針を示したことについて、ネット上でも批判が紛糾しているようだ。様々な数字が飛び交っていて根拠に使われている。
例えば世界平均の2.4mSvまでにすべき、などもその一例である。
因みに日本人が自然界から受けている年間放射線量は平均1.4mSv程度で世界平均と比較して少ない。



世界には以前に紹介したブラジルを始め他にも高自然放射線地域がある。不思議なのはこのような地域で特別に癌が多いわけではないことだ。
人類が移動を繰り返し生活していたことから、もしかするとある程度の放射線には順応能力があるのかも知れない。かつて日本人はブラジルへ大量の移民をしているが、世界平均より自然放射線が少ない日本人が10倍も放射線レベルの高い場所に行って耐性がないのだとしたら何らかの障害が多発したと思われる。
しかし調査によればそのような事実は認められない。

これは推論であるので全面的に強調して言うべきではないが、人間の根幹である順応性の高さから考えると至極まともな発想だと思う。
更に日本人の食生活による特殊性も考慮しなければならない。
非常に問題となるのはヨウ素131であるのだがヨウ素は人間にとって必須元素で体内に持っていてそのほとんどは甲状腺に蓄えられている。ヨウ素が海藻類に多く含まれていることは最近の報道でよくご存知かと思うが、特に日本人は海草の摂取率が高い民族である。ヨウ素に限ったことではないが先客が体内にいると新たに入ってきた元素は吸収され難い性質を持っている。日本人の特性から吸収されても30%程度(他説では20%)でほとんどが体外に排出されるとの研究結果がある。安定ヨウ素剤の効果はヨウ素を予め摂取して体内のヨウ素を飽和状態にして放射性ヨウ素の吸収を妨げることが目的である。
欧米人は食生活の違いからしばしばヨウ素不足になることがあり、原発からの放射性ヨウ素を吸収しやすい素地があることは見逃せない。甲状腺癌の増加した一因にこのような事情もあることはもう少し発表されても良いのでないかと思う。

また、規制値を引き上げることによって「しきい値」のない症状の発症について増大する、と批判されている。マスコミの批判のみならずネット上の議論もしきい値を用いたものが多く、当初、まだ研究段階にある部分の言及は適当と考えなかった(というより理解が難しく読者が混乱する可能性が否定できない)が、この解説を避けてはこの問題の解決ができそうにないので踏み込んでみたい。
しきい値とは簡単に言うとこれ以上の放射線を浴びるとこのような症状が出るが、これ以下だと出ない、という境目である。放射線障害はしきい値のあるものとないものがあり前者を確定的影響、後者を確率的影響と呼んでいる。
現在、ハッキリ解っているのは短時間で大量の放射線を浴びた場合の人体への影響である。これはすでに表で示した通りである。
逆に100mSv以下の低線量被曝は明快な影響が判明していない。そこで非常に単純な考え方として少ない被曝の範囲でも直線的にガン発症の比率が存在すると考えたのがしきい値なし直線比率仮説(LNT仮説)である。



この考え方は影響がわからない部分にも影響があるとした方が安全、という考えに立脚したもので、科学的に証明されていない。従って仮説の域を出ていないのである。
ICRPはLNT仮説を「この仮説は放射線管理の目的のためにのみ用いるべきであり、すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない」としているように、低線量被曝によってガン発症のリスク増加を裏付けるものでないのは明らかである。
(財)電力中央研究所が2004年に行ったマウス実験を書いておきたいと思う。
実験では一回に与える放射線を高いグループと低いグループに別けて照射する。
高線量グループは一回に1.8Gy(空間線量率2.0Gy/min)を週一回照射して4週間の合計が7.2Gyとなるようにした。1.8Gyという線量は年間に浴びる自然放射線の約1000倍に相当する。
低線量グループは1.2mGy/hを連続して330日照射し総積算被曝量が致死量になるよう実験を行った。
すると以下のような結果が得られた。

  1. 高線量グループでは90%の割合で胸腺リンパ腫が発症したが、低線量のグループには1例も認められなかった。
  2. 高線量グループでは、胸腺以外の臓器にも放射線の障害と思われる所見が認められたのに対して、低線量グループには1例も認められなかった。
  3. 高線量グループでは、外見上も放射線障害と思われる立毛、呼吸不全等が観察されたのに対して、低線量グループでは一例も認められなかった。

このようなことから、低線量であれば自然放射線の10000倍程度までは放射線障害が発生しない可能性があることを示唆している。
更に実験では10Gyまで照射しても胸腺リンパ腫が発症しなかったばかりか、寿命の延長、糖尿病発症抑制などの効果が認められたと報告している。無論、短時間に10Gyもの放射線を浴びれば死亡するが低線量を長期間浴びた場合、明らかに影響の違いがあると考えてよい。
しきい値なし直線比率仮説は突き詰めると大集団が微量の放射線を被曝した場合、少人数の集団が大きな被曝をしたのと同じ健康被害がでるという結論になってしまう。
Wikipediaの集団積算線量で例が書かれているが少し解り難いので補足説明をしてみる。

100mSv×200人=20000mSv
0.001mSv×20,000,000人=20000mSv
20,000/1,000=20Sv=20[人・Sv]集団積算線量


どちらも計算結果が同じ値なのでICRPの健康被害発生リスク係数[0.05]を掛けると1人がガンになる計算になってしまう。

要するに低被曝で人数が多いと同じ健康リスクが発生するという考え方だが、この評価方法は科学的証明がなされていないだけでなく、しきい値なし直線比率仮説は保守的な仮説であるため事故の規模を過大に評価することが指摘されている。
ICRP2007年の勧告で集団積算線量率は「疫学的に用いるのは不適切」としたが、度々原発反対論者の根拠とされてきた。
今回もそのような思想をお持ちの専門家や先生がネットやマスコミを通じて「民衆の不安」を必死に煽っておられる。
例えば中部大学の教授 武田邦彦氏もその一人であろう。

彼の特設サイトで絶好調であるが、その理論(というか論調)の根底には放射線悪、政府悪、マスコミ悪、一般市民=何も知らされない弱者という公式で成り立っている。同意できる面もあるが8割以上は同意できないトンデモ理論である。
例を上げよう。
「原発深層流001 信用できる人、できない人 その1」では原発近傍の海から放射性ヨウ素が規制値の3355倍を観測されたことについて
「一般の人の被曝線量の限界は1年間に1ミリシーベルトになっていますが、その3355倍というと、3シーベルトを越え、50%の人が即死(急性疾患で死亡)するような放射線量になります。」
と書いているが、この数値は海で観測されたのであってこの数値が直接人体に影響するものではないことは子供でもわかる理屈である。原子力保安院の会見は嘘を言ったのではなく「現状では原発に近付くこともできないのだから海から直接の被害はない」と言っているのであって「海水浴云々」は問題のすり替え以外の何物でもなかろう。
また東北の農産物や海産物は出荷制限が掛かっていないものでも食べるな、とこの先生は言っている。これでは1次産業でなりたっている町は何時まで経っても復興できない。一方ではスーパーも偽装するから安心できないなど世の中全て悪という論調には恐れ入る。
また、「原発 緊急情報(30) 被曝を少なくする方法(その2)」で農林水産省がほうれん草を良く洗って放射線測定するよう指示した事について「数値があてにならない」「インチキ」と言っているが、放射性物質は埃のように付着しているのであってほうれん草のように葉物野菜は表面積が大きいので付着量が多くなり検出量が高くなりがちである。しかし洗えば放射性物質は落ちるのであるから「調理する前の条件で安全か確認」することが数値の捏造になるとは考えられない。この時点で規制値を上回れば規制され出荷できないのだから、実に理に叶った検査方法だと考えられる。それを何が不満で煽っているのだか意味がわからない。
また現在の規制値はそのギリギリのレベルの食品を1年間連続して食べた場合でも健康被害がないことを前提としている。1度食べたからどうこういう話では勿論ないし、加えるなら現状が変わらないのなら今後も難しいことになるだろうが事故は収束に向かっていることは間違いないのである。
もう無茶苦茶だ。
更に「原発 緊急情報(47) 汚染・6日に日本全土に拡がる怖れ」では冒頭で取り上げたドイツ気象局のシュミレーションを以ってして4月6日に注意しろ、と熱心に注意喚起しておられる。このシュミレーションがそのような事を表していないことは既に述べたとおりであるが、武田氏は読売新聞と同様に「注意書き」の部分をあえてカットして公開している。彼のような学者ならこの程度の英語を理解できないはずもなく「知らない弱者」という民衆へ嘘の情報を流した点では政府より性質が悪い。
しかも、どうやら自然放射線の量と人工的な放射線の管理量をごちゃ混ぜにしているようだ。
「原発深層流002 危険な原発? 安全委員会速記録(1)」においては「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を取り上げ、大きい地震が起こったら「想定外」として良い、想定外の地震が起こると「大量の放射性物質」が放散される、公衆に対して放射線被ばくが起こる、地震で極めてまれに津波が発生するなどと列記している。因みにこの資料は普通に閲覧ができる資料だが、そのような事実はどこにも書かれていない。武田氏はどの部分を曲解したのか非常に疑問である。
またこのように誰もが閲覧可能な資料であるにもかかわらず参考文献へのリンクをしておらず、引き合いに出しているICRPのデータもリスク算出の根拠にできないと断言しているのに引用しているのは、公衆への混乱が懸念される。
最も武田氏の論調で気に食わないのは「子供を持つ親の心理」を度々持ち出していることである。この記事ですでに述べたように今現在、私たちが特別に健康リスクを負っているわけではない、と主張しているのだが人間の心理とは理論が反映され難いものである。子供への心配心を装うかの理論を以って政府非難や東電非難などという論調を展開するのは、親の感情を利用していると言わざるを得ない。
学者という立場から「的確に恐がらせる」のであれば誤った資料や情報などを持ち出すべきではないのだし、ご自分の計測データがあるのなら提示すべきである。いわき市で屋内と屋外を測定して変わらなかったというのであれば測定データを公開すべきであり、それが本当だとしたらご自身が書かれている「確かに、密閉した家屋にいると(国のデータでは)屋外の10分の1から4分の1の範囲になることが知られています。」は明らかに矛盾していると思うが何故そのようなデータが得られたのかは説明していない。

武田氏が世間で知られるようになったのは著書『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社、2007年, ISBN 4862481221)であるが、その内容は科学的な欠陥や誤謬があり、加えて引用データの捏造が指摘されている。
今回の原発関連のテキストにおいても空間線量の外部被曝と経口摂取による内部被曝の量を同一視するなど基本的な被曝の考え方に間違いがある。
教授が何度も発言しているが、市井の読者もこれを読んで同様に「わたくしはびっくりしてしまいました」とブラウザの前で呟いているに違いない。
武田邦彦氏は最近朝日系列の「ニュースの深層」に出演したらしい。広瀬隆氏もそうだがどうもゲストが反原発論者に偏っていないか。というか朝日新聞が反原発なのが原因か。
世間では「武田リテラシー」なる言葉もあるくらいだから、こういうトンデモ先生の理論を読む時は心して読まないとうっかり嵌められる可能性は高い。


物理学者寺田寅彦はこんなことを書いている。
「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだと思われた」

チェルノブイリ原発事故は人類史上最悪の事故である。しかしその影響は当初考えられたものより遥かに小さかった。
子供への甲状腺ガンが増加した、という報告もあるがこれには別の捉え方がある。
それまでこの地域がガン検診を事故前にどの程度行われていたかということは多少念頭において考える必要がある。事故後、甲状腺の検査方法や報告において見直され、無症候のガン細胞も発見されるようになった。従来見逃されていたようなガンまで発見され総数が増大したとの指摘である。本来、子供の甲状腺ガンは希だとされていたが、このような死ぬまで発症しない無症候細胞があることがわかっている。
非常に問題なのは心理的な問題である。
放射線によるネガティブな情報によって生じる不安は、確実に放射線より身体を蝕む存在である。ストレスが原因で活性酸素が増えることは医学的に知られているが、活性酸素もフリーラジカルでありガンを誘発する原因である。果たしてガン発症は放射線が原因なのか、それとも放射線への誤った情報がもたらすストレスが原因なのか、一体どちらなのであろう。

最後に八代嘉美氏のエントリをご紹介したい。八代教授も同様に「ほどほどに恐がる」ことを理論的に解説しておられる。幹細胞生物学者らしい解りやすい説明となっているので一読をお薦めする。

放射線は「甘く見過ぎず」「怖がりすぎず」

とりあえずこの稿はこれで脱稿しよう。書きたかった本質は全て書いたつもり。
中間の方程式や計算資料などを補足すると思うが、理論的な部分は弄る予定はない。
僕の立ち位置は常にリアリストであって理想主義的なものでも宗教的(武田氏の意見はこれを感じる)でもない。常に信頼しているのは「感情」ではなく科学的論理的な裏付けと数値である。特に緊急時における判断は感情論を差し挟むことを行わないことが鉄則と考えている。
本論は書きかけのメディアリテラシーの戻すが、本稿においてもこれら情報の正確さを検証する作業は各個人が行うべき問題だと考える。


参考資料
Wetterlage und Ausbreitungsbedingungen in Japan
放射線影響協会 チェルノブイリ20年の真実 事故による放射線影響をめぐって(2006年)
Association pour les Techniques et les Sciences de la Radioprotection, ATSR 2003 regles-calcul-dose-eff-externe-interne.pdf
Published by the World Health Organization in 2004 under the title Guidelines for Drinking Water Quality, Volume 1, 3rd edition
原子力安全委員会 原子力施設等の防災対策について
高自然放射線地域住民の疫学と染色体調査についての最新知見
ブラジル在住日系人における環境発がん要因に関する疫学的研究
高自然放射線地域住民の健康調査
安定ヨウ素剤投与
中央電力研究所 マウス放射線発がんの線量率依存― 低線量率なら長期継続照射しても胸腺リンパ腫を生じない ―
寺田寅彦「寺田寅彦随筆集 第五巻」
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情報難民、情報弱者3
2011-04-06 Wed 10:15
前回は実際に起きたデマ事件を取り上げた。
この章で知って欲しかったことは、普通の人が発信する情報がこのような重大な「事件」に発展する可能性を持っていること。そして同時に刑事責任を問われる可能性を示唆した。
つまり、我々が何となくやっていることにも他者へ大きな影響力を及ぼす力があることを自覚することだ。
極めて当たり前だが、こうしてアップされるブログの記事はインターネットである以上、どこの誰が読むのかわからない。
問題なのは「何故この人はこのようなことを書いたのだろう」と考えることだ。本を読むときと一緒で「行間」を読まなければ本質には迫れないのである。

ここまでは「個人による情報発信」を扱ってきた。その中で、情報の真偽を確かめる方法として「信頼できるソース」の確認を書いた。個人が書くものは、その道のプロでなければ往々にして個人の潜在意識まで含める思想を反映して書かれると考えるべきだろう。
入ってきた情報を元に咀嚼する段階で思想のバイアスが掛かるのは避けようがないと言える。
ならば、情報発信のプロ(一般メディア)にはそのような思想のバイアスは存在しないのだろうか?

朝日新聞社「AERA」がすっかりカストリ雑誌化か。残念。




メディア・リテラシー

このシリーズは簡単に終わるような内容ではないと思っている。ただこの時期に書くのが最適なんじゃないか、というのも他方でありしばらくお付き合い願いたい。
この写真は雑誌AERAの3月28日号表紙である。
この表紙とコピーに対して物議を醸し出した。確かにこれは酷い。
リンク先を読んで頂くとわかるのだが「ここまで露骨」だと呆れてしまう。
この批判に対するAERA編集部の謝罪文は以下の通りだ。

AERA今週号の表紙及び広告などに対して、ご批判、ご意見をいただいています。編集部に恐怖心を煽る意図はなく、福島第一原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しましたが、ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます。
編集部では今回いただいたご意見を真摯に受け止め、今後とも、様々な角度から全力を挙げて震災報道を続けていく所存です。最後になりましたが、被災者、関係者のみなさまには心よりお見舞い申し上げます。


この文章はどこにあるのかというと右フレームにあるTwitter上である。これだけ大事なことをつぶやくという神経もどうかと思う。普通ならトップページに別枠で掲載しないだろうか?
僕は別にこの雑誌に恨みがあるわけでもなんでもない。申し訳ないが、今から書きたいことの悪い例としてAERAさんに出て貰った。
この章のタイトルはメディア・リテラシー。
この意味は情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。
先にも書いたが、記事を書く記者にも思想なり考え方がある。また得られたニュースソースの発信地による違い、様々な背景や事情などによって誇張や嘘も出てくる。このようなことによってメディアの発信する情報にも偏りがある。こういう情報を鵜呑みにしていたのでは、受信者は不利益を被ることがある、と理解する必要がある。そのため我々メディアを利用する者は、
情報の正しさ
情報の偏り
情報の意図・目的
これらについて注意深く読み取り、情報の取捨選択をする能力が求められるのである。
恐らく私たちが良く知る嘘や誇張の代表例は大本営発表であろう。大本営発表は太平洋戦争において合計846回行われた。初期は現実通りの報道を行っていたがミッドウェー海戦の敗北を機に損害の過小報道が目立ち始め次第に勝敗すら嘘を報道するようになった。その後、海軍の上層部にすら正確な情報は入らなくなり、作戦立案の大きな障害となって行くのである。戦争中で報道統制が布かれていたこともあり、終戦まで日本が負けていることを知らない人は少なくなかった。
ここでは戦争について論議する場ではないがもう少し話す。
反面、この大本営発表に疑問を感じた人々もいた。彼等は何故そう感じていたのだろうか。無論その中には現役の軍人もいたが戦争経験者にしてみれば、ずっと勝利ばかりの戦争などあり得ない。そういう既存事実があった。だから違うのではないか、こう考えた。つまり「内在的チェック」だ。
ただ時代的背景からいってそれを声高に言う訳には行かなかっただろう。
もうひとつの例。
北朝鮮に関する報道も裏付けにほとんど手段がない(一般人には皆無)
日本海を隔てたお隣さんだが全く情報がない国だ。そういう中で報じるマスコミの情報だけがこの国を知る手立てだが、これにもし「強力な意図」があれば我々は作られたイメージを簡単に刷り込まれてしまう。
こういう体制の違いによる報道の相違は常にある。冷戦時代、西側諸国は西側諸国からの目線で報道するし、東側も同様だった。ソ連が崩壊する直前までワルシャワ機構の軍事力を脅威と考えていたが、蓋を開けてみれば時代遅れで全く取るに足らない存在だったのである。
政治的背景のみによって報道に偏りがあるだけではない。立ち位置の違いによる見方が変わると言う事も変わってくるのである。

感じたことは正しくても、それが全てを言い表していないこともある。それを個人の感想という形で検証してみたい。
Aというカフェがあったとしよう。Bさんは口コミで美味しいと聞いたので行き食事をした。しかし、Bさんはそれほど感動しなかったばかりか悪い印象を感じた。それを早速、ブログで書いた。

今日、ネットでも美味しいと噂のAに初めて行った。
お店の雰囲気はオシャレで素敵。期待は急上昇。
でも、席についても水も出なければ注文にも来ない。もう10分以上待たされてる。
できるだけ早そうなオリジナルカレーを注文。
待ちに待って、ようやくカレーが。
でも、正直なとこ期待外れかな。


Bさんが感じたことには間違いない。これだけを読んだ読者はカフェAに対して良い印象より悪い印象を持ったとして不思議ではない。
同じ日にCさんもカフェAに行き、感想を書いた。

初めてAに行きました。
お昼時を外したのに凄くお客さんが多い。お店は夫婦で切り盛りしてるみたいだけどバタバタしてる。
通っていくときに奥さんが「すみません」て感じで私に目で合図して行った。
自慢のオリジナルカレーを頼んだんだけど、自慢するだけに美味しいです。
ホテルのレストランとかとは違うけど、スパイシーで手間が凄く掛かってる感じ。


BさんとCさんの意見にはかなり温度差がある。両者ともに率直な感想だがこういう場合どちらかの意見だけを良しとすべきではない。
もしかするとこの店はオペレーションがダメダメなのかも知れないし、味は素朴だが洗練はされていないのかも知れない。BさんとCさんの味に対する基準というのも、この記事だけでは判別するだけの情報がない。両者の記事から判断できることはこの日の店が忙しかったという事実だろう。
しかし「評判店」=「お客が多い」と考えるのは注意が必要だろう。直近で広告を出しても客は増えるし、その日だけ近くで大きな催し物があり客が流れている可能性もあるからだ。
少なくともBさんもCさんも待たされたことは間違いない。Bさんは10分以上と具体的に書いているが、Cさんは具体的な提示がなく何分待たされたか担保できない。
またBさんは待たされることに苛立ちを感じる性格ではないかと推測される。従ってBさんが味の評価を感情的に書いた可能性が否定できない。特にBさんは冒頭で店の雰囲気に触れ「素敵」だと書いているが、外観の良さがサービスの内容を反映するわけではないのに過剰な期待を寄せているかのような表記がある。
このように情報というのは常に書いた人の背景や思考などを見抜きながら判断しないと結果が全く違ってくることがある。
ここでは一般人が書いたと仮定して2つの感想を比較して考察したが、例えばスタンスが「経営者」や「料理人」などの店側サイド寄りの人間なら見方が違ってくるに違いない。
このように事象というのはひとつだが視点というのは幾つもある。いや、それを知る人の数だけ視点があると言って良いだろう。
メディアも新聞社なら朝日と毎日でも同じ報道にニュアンスの相違がある。元来持っている社風もあるが情報を記事にする時点で完全に人の意識を排除することは不可能で、少なからず反映されると考えるべきである。特に特集記事や社説では意見のウェイトが大きくなるために、新聞社や解説員なりの思想が露出しがちである。
また事実に対する思想だけではない。マスメディアも売れなければ食えないのであるから、売れるような刺激的で扇動的なコピーを付ける可能性がある。今回のAERAはその代表としてご紹介した。
防護服のゴーグル部分をアップにし「放射能がくる!」と赤字のコピーを付けている。これを見て、放射能を漠然と「怖い」と考える人々には相当なインパクトがあると考えられる。これが社会に与える影響がどれほどあるかは社会誌のAERAが認識していないなどあり得ないわけで「意図的なもの」を感じないわけにはいかない。
憲法には「思想・言論の自由」が保障されている。これは非常に大事なことである。戦争中の日本にその自由は許されなかった。
反面、マスメディアはその発言において社会に与える影響が大きい。その影響力は権力にも値しよう。
故に極力私見を加えず、偏らない情報を発信するよう心掛けるべきだ。
しかし、ここで例を上げた以外にも記者が全てを知っているということは現実的にあり得ないことであり、その知っている範囲を超えて記事にすることは不可能である。従い、偏りは必然的に生じるのである。情報化社会に生きる我々はその事実を理解し、情報を正確に評価し正しく利用するスキルを求められているのである。
さて、AERAの母体は朝日新聞である。この新聞社の大罪について述べて、今回は〆としよう。
先に、太平洋戦争に触れた。
私たちが学校で教わった歴史では軍部の暴走が戦争への道へ突き進む原因となった。大体このように教わったと思う。だが、これは真実ではない。
厳密に言えば軍部・産業・メディアの三者が協力して戦争へ向かわせた、と考える方が正しい。この戦争への是非となると簡単に終わらない記事になってしまうので割愛するが、戦前の少なくとも昭和6年までの朝日新聞は大阪朝日を見るまでもなく軍部批判を前面に打ち出した戦争慎重路線を走っていた。
ところが満州事変が起こると全く方向転換をしてしまうのである。その理由として朝日は「満州事変以降、太平洋戦争末期になればなるほど厳しさと細かさが増していった。新聞側は、その流れに強く抵抗できないまま、次第に迎合していく」とした。しかし戦争反対とは言えないまでも中庸の立場でいることはできたのであって、より踏み込んだ「迎合」すなわち「戦争協力」へ向かう理由とは考え難い。
また「右翼からの圧力」を受け暴力に屈した、との意見もあるが、それだけによって協力するのも合理的な理由となり得ようか。
新聞は戦前までの最大のマスメディアであった。この21世紀においても生き残っているメディアであるが、それまでの新聞というのは絶大な力を持っていた。丁度、朝日新聞が方向転換した時代に新たなメディアが登場する。それがラジオだ。
新しいメディアに対しては既存メディアは非常に敏感である。何故なら、新たなメディアによって既存メディアが取って代わられる恐れがあるからだ。ラジオの速報性は新聞を十分に脅かす存在だった。
結局、戦争協力路線への転換の原因は「そろばん勘定」を優先したからではないだろうか。
新聞というのは戦争で部数が伸びるからだ。現にその後協力路線になった毎日と朝日は猛烈に発行部数を伸ばした。彼等は紙面で国民を煽りに煽ったのである。そして向かわせた先は地獄である。
AERAの表紙を見て思い出したのは、この朝日の大罪なのだが、煽られた国民が全く思考停止して思うツボだったことの方が大罪ではないか。
重要なのは朝日新聞がプロパガンダになったことではなく、我々が常に冷静な目で見てチェック機構の機能を果たすことだと思う。
戦後の朝日新聞が「戦争責任」とか「戦争犯罪」などと終戦記念日の特集で書くのなら自身の批判をもっと掲載すればいいのにね。


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情報難民、情報弱者2
2011-04-03 Sun 20:40
前回はデマを取り上げて終わった。
今回は実際に起きたデマ事件を扱ってみたいと思う。

豊川信用金庫事件

この事件は1973年12月、愛知県宝飯郡小坂井町(現・豊川市)を中心に「豊川信用金庫が倒産する」という噂(デマ)から取り付け騒ぎが発生し、短期間に約26億円もの預貯金が引き出された事件である。そもそもは高校生の些細な会話からこれほどの事件となり、その後の警察による調査によってデマが集団パニックを引き起こす過程を詳細に解明した珍しいケースで、時に社会心理学の教育現場で引用されている。

発端
12月8日(土)

豊川信用金庫に就職が内定した女子高生Aは友人B、Cと下校の為、飯田線の電車に乗り込む。
この時、BとCは「信用金庫は(強盗に狙われるので)危ないよ」とAをからかった。
Aはこの冗談が心配になり、夜になって叔母D(当時Aさんの下宿先)に「信金は危ないのか?」と訊ねる。
Dは豊川信金本店近くに住む親戚E(兄の妻)に「豊川信金が危ないという噂があるが本当か?」と電話で尋ねる。
Eは「それは噂話に過ぎない」とDに答える。

12月9日(日)

噂話で片付けたEはこの日の夜行った美容院で店主Fにこの噂話を話す。

12月10日(月)

美容院店主Fは親戚Gに豊川信金の噂話を話す。この時偶然、小坂井町クリーニング店の店主Hが来ていてこの話を聞く。帰宅したHは妻Iに話すが、この時点では「噂」という認識であったらしく、その後の3日間は何も起きていない。

広まり
12月13日(木)11:30頃

Hの店に一人の男性が電話を借りに来た。男性は電話で家族に「豊川信金から120万円引き出せ」と指示。この男性は噂を全く知らず必要だったので引き出すよう指示したのだが、これを聞いていたHの妻Iは先日の噂を反射的に思い出し、大急ぎで夫Hを呼び戻すと預金していた180万円をおろした。
H夫妻は友人、知人、得意先に電話でこのことを伝え、近所にも行って「豊川信金が危ない」と伝える。
この話を聞いた中にアマチュア無線の愛好家がいた。彼は無線を使ってこの話を伝えた。
この日、豊川信金から預金をおろした人数は59人、金額は5000万円である。

この日のタクシー運転手の証言
昼頃に乗せた客は「同信金が危ないらしい」、14:30の客は「危ない」、16:30頃の客は「潰れる」、夜の客は「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」と時間が経つにつれて噂は誇張されていく。

二次デマ
12月14日(金)

事態を重く見た豊川信金は収拾のため声明を発表。
しかし、これを曲解して「銀行の中に使い込みをした者がいるらしい」から「職員の中に五億円を持ち逃げした者がいて経営がおかしくなった」に。
「理事長が死んだ」から「理事長が自殺した」へ変化し「理事長が不況を苦にして自殺した」から「理事長が不況を苦にして首をくくって自殺した」などとエスカレートする。恐慌状態になった民衆には声明を出せば出すほど逆効果になった。
同時に、豊川信金のある小坂井町、豊川市に隣接する豊橋市にも噂が飛び火。
「豊橋市の第一勧銀に客が詰め掛けている」という噂が流れ、似た名前だった豊橋信用金庫は対策として店頭現金を増額。
窮地を脱するため、豊川信金は各メディアに対してデマ報道を夕方から報道依頼。同時に警察も捜査を始める。

沈静化
12月15日(土)

大蔵省東海財務局長と日本銀行名古屋支店長が連名で同信金の経営保障をすると発表。豊川信金窓口では自殺したはずの理事長が対応に立つことで徐々に効果を奏し鎮静化に向かう。

終焉
12月16日(日)

警察がデマの伝播ルートを解明、発表し捜査が打ち切られた。

事の発端は女子高生の他愛ない雑談だった。普通ならこのことから集団パニックに発展するとは考え難いかもしれない。これだけの事件になるには素地になる条件が当時揃っていた。

1 1973年は第1次オイルショックの年で不況という社会不安があった。10月にはトイレットペーパー騒動が発生している。
2 1966年に豊橋市にあった金融機関、中日本産業が倒産。小坂井町は出資者が多く、甚大な被害を被っていた。
3 狭い地域で異なる人物から同じ内容の話を聞くと「信憑性がある」と信じてしまう。これを「交差ネットワークによる二度聞き効果」という。

クリーニング店のH夫妻は中日本産業の被害者だった。豊川信金は不況による影響はほとんど受けていないにも関わらず、過去の苦い経験から冷静に判断することができなかった。もちろんH夫妻が噂を広めたのに悪意があったわけでなく「あの時の苦い経験を他の人にも味合わせていけない」という善意からの行動だった。
だが1971年にペイオフ制度が導入された。この事実をH夫妻は知らなかったか失念していた。そうでなかったら慌てなかったと考えられる。特に目立つのはこの時、無線によって情報がばら撒かれたこと。当時としては強力なネットワークだっただろう。
そしてもう1件。
この事件から30年後の2003年に同じような事件がこの九州で起きた。
2003年12月25日午前2:00頃、佐賀に在住の女性が友人から「佐賀銀行が26日に潰れるらしい」と電話で聞いた。この女性はこの噂話を友人にメールする。

<当時、送信されたメール>

緊急ニュースです!
某友人からの情報によると26日に佐賀銀行がつぶれる そうです!!
預けている人は明日中に全額おろすことをお薦めします(;・_・+
一千万円以下の預金は一応保護されますが、今度いつ佐銀が復帰するかは不明なので、不安です(・_・|
信じるか信じないかは自由ですが、中山は不安なので、明日全額おろすつもりです!
松尾建設は、もう佐銀から撤退したそうですよ! 
以上、緊急ニュースでした!! 
素敵なクリスマスを☆彡


この内容のメールを26人に28通、3回に別けて送信した。
これが「佐賀銀行デマメール事件」の発端である。


当時の朝日系ニュース映像

友人、知人にお知らせした心算が、受信した人達が再送信(チェーンメール化)したり電話したりすることで急速に広まり、不安を煽られた民衆が佐賀銀行の店頭窓口とATMに押し寄せ、預金が引き出されたり解約された。25日午前中から問い合わせの電話が急増。午後になると更に加速し、支店では支払い金が不足するようになる。午後18:00頃には本店のATMに200人以上の列ができ混乱を極めた。この時間以降、携帯電話が繋がらなくなりNTTは緊急措置として通話の制限を実行。
25日だけでも平時より120億円多い180億円が引き出され、取り扱い件数は3万2000件増の9万2000件に達した。結果的に450億円から500億円が流出する大事件に発展した。
25日午前から預金引き出しの急増に気が付いた佐賀銀行は、14:00過ぎにメールの現物を入手しそのようなデマが出回っていることを認識。
同日17:45 佐賀銀行は佐賀県警に対して著しく信用を失墜させたとして、被疑者不祥のまま信用毀損罪で刑事告訴。同日、受理された。
年が明けて2004年2月17日、このメールを発信した中山という女性が逮捕される。佐賀署の取り調べに対し「(聞いた話を)本当に信じ、友達に教えようと思った」と涙を流しながら語ったという。
同年9月9日、佐賀地検は「(信用を傷つけようとの)犯意を認めるに足る証拠がない」としてこの女性を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。
まさかこんなことになるとは思わなかっただろう。当時23歳だった中山さんは安易に信じて伝えたメールが皮肉にも「素敵なクリスマス」どころか「最悪のクリスマス」にしてしまった。何故、この情報を信じてしまったのだろう。

この佐賀銀行の事件も先の豊川信用金庫事件と同様に大事件に発展するような素地があった。
この2003年の流れを見ると3月11日に松尾建設が大幅なリストラを敢行している。メインバンクは佐賀銀行だ。その後も松尾建設倒産の噂が巷にはあった。
8月になると佐賀商工共済が資金運用失敗(具体的には穴埋めにアルゼンチン債に手を出して沈没約58億円の負債)で破綻。
11月29日には栃木県の地方銀行足利銀行が破綻。自己資本率は4.45%だったが233億円の債務超過で全株国有化することになる。佐賀銀行は自己資本率が8.6%の優良銀行だったが12月の初頭に次の公的資金注入先が九州北部の地銀ではないか、という噂があった。このときに具体的な銀行名が出なかったため、漫然とこのエリア全体が危ないかのような印象を持たれた。
12月10日には県内で最大規模の負債で豊栄建設が倒産。民事再生法の適用を申請する。135億円のうちメインバンクの佐賀銀は79億が回収不能になる見込みと報道された。
この2003年は拓銀倒産からしばらく「銀行も潰れる」を忘れようとしていたのを人々が思い出した時期で、こういう情報に鋭利に反応する条件が揃っていた。その前にはりそなHDの実質国有化やみずほHDの不良債権の問題があり金融機関への信用が失墜していた時期でもある。

社会が不安を感じている時、噂は更に脚色され悪い噂ほど広まる。人間の特性として悪い噂ほど信じてしまうのも事実である。
中山さんは友人から聞いた噂を当時の雰囲気から「裏付けを取らず」に信じた。メールの内容から「ペイオフ」も十分承知していることがわかる。それでも全額引き出すと矛盾した発想へ向かっていることに自分では気が付いていなかったのだろう。
このときペイオフには上限が1000万円とされていたが、それであれば多くの人は預金が補償されていたはずで、焦って引きおろしたり解約する必要はなかった。しかし、それを知っていた人でもATMへの長蛇の列を見て冷静にはいられなくなった、という。人間の心の脆さなのだろう。
情報発信者は客観的立場から「裏付け」を取ったものしか発信してはならない。この言葉は音楽評論家伊藤正則氏の言葉だが僕はジャーナリズムの原点だと思っている。

注目したいのは30年の時間の違いは「情報到達」のスピードを大きく変えたことだ。計算上、最初のチェーンメール1通が日本中に行き渡るのに11時間だそうだ。
2003年頃は飛躍的にインターネット人口が増えた時期である。ブロードバンドの登場で快適高速化し、携帯キャリアからのエントリーも莫大なスピードで増えていった。この年はインターネット普及率が国民の60%を超えた年である。それだけにネットに乗ると様々な手法で拡散されたことが特徴。
メールからメーリングリストで不特定多数に読まれ転送されたし、この時代はまだ多かったBBSにも書き込まれた。豊川信金事件の時代はそのエリア以外の人々にはほとんど伝わらなかった情報が、現代は一瞬で世界から見られる時代になったのだ。
ネットは世界に繋がっている。だからアドレスにWWW(World Wide Web)とあるのだ。

そろそろ今回はここら辺でキーボードを止めたいと思うのだが、改めてネット普及率の推移を見てみると僕が始めた97年頃というのは10%未満だったのな。世間で言う「マニアの部類」に完全に入ってる。こんだけしかユーザーいないのに凄く「ワクワク感」があって夢中になってた。
この頃、ネットを始めた人ってダイアルアップで凄く不自由しながらネットとコンピュータに食らい付いてたんだよね。反面、ネットの仕組みを知ってうまく使う知恵を絞ったり、ネチケットやウイルスの情報がマニュアルに掲載されていたりと勉強するチャンスがいっぱいあった。
今のPCってマニュアルも凄く簡素化されていて、あれじゃマトモな知識が身に付かないと思う。そもそもネットはセットなんだからビギナー用のテキストは絶対必要だと思うのだ。

じゃ最後にチェーンメールをWikipediaでは実例を幾つか掲載しているがその注釈にこう書かれている。
それを紹介して終わりたいと思う。

『この記事は犯罪の手口を示しています。実行した場合は罰せられます』

参考文献

伊藤正則 断言(1993年)
伊藤陽一・小川浩一・榊博文 「デマの研究:愛知県豊川信用金庫"取り付け"騒ぎの現地調査」『総合ジャーナリズム研究』69号(1974年)

参考資料

『共済に消えた責任 ~佐賀 地方経済からの報告~』
佐銀取り付け騒ぎ
2ちゃんねる ○賀○行いよいよ倒産なの??

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情報難民、情報弱者
2011-04-02 Sat 14:45
我々は「食事によって生きている」と同時に「情報を食べて生きている」
朝起きて寝るまでに一体どれ位の情報に接しているだろうか。
我が家は朝起きるとまずコンピュータを立ち上げるのが日課になっている。もう10年以上この習慣だろう。ニュースソースはネットか新聞が大半になった。逆にテレビはほとんど見ない。今日はまだ電源を一回も入れていない。
情報化時代と言われだしたのは最近のことではない。恐らく、何時の時代も新鮮なニュースは人々が競って欲しがるものだったと想像できる。何故なら命に関わる重要な事柄が昔の方が多かったからだ。
情報インフラの整備というのは国家を挙げて行われるものだ。これが最初に行われたのは明治時代であろう。というのも日露戦争の暗雲が立ち込めていたからである。日本は日露戦争において最新兵器だった無線電信機と海底ケーブルによる情報ネットワークを駆使して戦い勝利した。
それから100年以上経た現在、当時とは比較にならないほどのメディアが取り巻いている。かつて情報の発信者は特定の専門職、即ち新聞、ラジオ、テレビ、雑誌という情報発信を職業とする者が一方的に発信してきた。これらについては後述するが、こういう媒体にはある程度の情報発信者としての義務、社会的責任を根底とする節度ある情報発信がなされる素地があった。
しかし、インターネットが登場して時代は変化した。
情報受信者だった者が発信者の側にも立てるようになったのである。
僕がインターネットに初めて接した時期というのは、サイトを構築するのにブラウザのプログラム言語になっているHTML言語を理解して使わなければならなかった。掲示板もPerl言語を理解しないと作れなかった。他にもJAVAスクリプトやFlashのスクリプトが使えないと満足できるサイトにはならない時代で、非常に敷居が高かった。そういう状況であったので専門色の強いサイトが多かった、という印象を持っている。つまり知の集合体だったのである。

ブログは不要なのか?

しかしSNSが登場しプログが一般化すると敷居が一気に下がり、Twitterが出た頃には更に一般化が加速した。
実は自分のブログで「ブログ不要説」を書いたことがある。
今でもあまりこの意見は変化していないが、その理由はあまりに「不確定な情報や無意味な情報が多い」ことに尽きる。
ブログが登場して1年くらい経つと、特定の情報検索で必要ないページがどっさりヒットするようになった。マイナス検索やフレーズ検索を加えても調べたい条件によっては篩いに掛けることが難しい場合も多かった。また、有用なブログにヒットしても体系的にカテゴライズしていなければ過去記事を繰って行くしかなく煩わしいことこの上なかった。
検索者がどういう風に感じるか、それを感じないいわゆる「情報発信の素人」が作るブログは邪魔に思えたのだ。自由に発言できる「自由の裏側に義務と責任がある」ということが抜け落ちているからかも知れない。
そもそも全く知らない人の日常を綴る「日記」なんてものに全く興味がなかった。要するにブログの中心を占める「日記」のカテゴリーは氏んで欲しい、くらい思っていた。

噂話

情報社会において真実も嘘も同時に発信されている。嘘には「思い違い」から「悪意」まで温度差があるにせよ、それは誤った情報に違いない。
例えば数年前こんな噂話があった。
「別府湾を震源とする震度8の地震が年末頃起きる」というもの。
会社に出勤すると何人か集まって話している。何だか深刻そうなので訊ねるとこういう話だった。
僕はおかしい、と思った。震度8という基準はないからだ。
マグニチュードの間違いでは?と思ったがソースの出所が気になった。
「その情報は気象庁か専門機関からの発表?」
すると返ってきた答えは「細木和子が言ったらしい」と言われ笑ってしまった。
あの人は元々好きではないが(ハッキリ言うと大嫌い)所詮占い師が言うこと。地震を予言するなどもはや占い師の領域ではない。しかも「らしい」という噂話の域を超えない情報に大の大人が深刻になっていたのだ。どうも小学生を中心に広まったデマで、これには他の地域のバリエーションもあったようだ。
見逃せないのはこのデマによってホテルなどのキャンセルが少なからずあって、経済的に被害があったことだ。
冷静に考えればわかるのだが、日本に住んでいる以上地震は何時来てもおかしくない。それに対して常に準備しておくだけのことだ。
しかし何故こんな簡単なデマに引っ掛かったのだろう。しかもこの手のデマは一定の周期で出回っているようで、その度に右往左往するようでは本当に冷静な判断などできるのだろうか。
この嘘を見抜く第1のラインは、先述したように「震度8」がないということだが、知っていればある程度防げたと思われる。もっと言えば震度の計算方法を知っていれば震度8は物理的に起こり得ない地震だということもわかったはずだ。
第2のラインはこれだけ重大な情報ならビッグニュースなのにニュースになっていないことだ。残念ながら地震大国で地震研究が進んでいる日本の技術を以ってもピンポイントで地震を予測するなど不可能なのだ。このデマを見抜くにはたった2つ知識があれば確実に見抜けるものだった。
むしろ地震とは切っても切れない国民がこういう知識を持ち合わせていないことの方が恐ろしかった。

ソースチェックは「外在的チェック」である。幾つかの揺ぎ無い情報を元に分析する方法だが、もうひとつは「内在的チェック」である。情報の内容を現実的かどうか判断する方法なのだが、この噂の場合「占い師の予言」の部分が「内在的チェック」に当たるだろう。占い師が言うことに科学的根拠は持ち合わせていないことから「デマ」と判断できた。逆にそれらを持ち合わせていなければ「日本は地震大国」だからこの噂に翻弄される1人だったかも知れない。
このとき一刀両断に「単なる噂話だから気にするな」とした。バッサリやることで話は終息したのだが、もし和を重んじて「もしかしたら」などという曖昧な表現を用いていればまだこの話は引き伸ばされたと思う。

Twitterは諸刃の刃たるか

さて、先の噂はチェーンメールが元だったことがわかっている。聞いた話ではその年頃の児童をもつ母親の間で広まったようだ。現在はTwitterによってその情報の広まりが爆発的になった。正しい情報も嘘の情報も同時にばら撒かれていく。特にRT(リツイート)で簡単に他人の発言を引用できるためもの凄い勢いで情報が拡散される。
もともとTwitterはデマを制限できるメディアではない。140文字という制限の中で呟くゆるいネットワークだ。だからこの特性を知らずに使うと悪いことも甘受することになる。
公式RTでやれ、という発言をご覧になっただろうか。これはタイムライン上でみるとデマに対してツッコミが入るのが「時系列」でわかるため嘘の情報と注意していれば判別できるのに対し、非公式RTを使うとTLが複数存在するため判別し難くなるからだ。また公式RTは初めの発言者が特定できるので、その発言を削除すればRTは全て削除される仕組み。
Twitterによって助かった命もある。津波が押し寄せてくる光景を生々しく伝えたものもあった。
実はTwitterを始めとするネットメディアは文字データが基本であるため、非常にデータが軽い。そのため通話はできなくてもメールやネットは繋がった。
既存のメディアよりより早く情報が駆け巡ったのである。その立役者は携帯電話である。
今回の震災は津波の被害が大きい。これが過去の震災とは大きく異なり救助を難しくしていると考えられる。何故なら本来そこにあるべき建物がそこにはない可能性が高いからだ。全く違う場所に移動していることは十分にある。そこで有効と考えられるのがスマートフォンのGPSアプリだ。
携帯電話からGPSデータを付けてツイートすればかなりの確立で救助されると考えられる。その際に救助要請のハッシュタグ#j_j_helpmeを付けて呟けば「検索」によって呟きが発見される可能性は更に高い。
ただし救助された場合は自分の発言を削除することは忘れないように。
こういう災害の時、携帯端末は強力な武器になり得る。バッテリーの問題さえなければテレビの視聴もでき、ラジオ付きならそれも可能だ(バッテリーを心配するならラジオ)。ネットに繋がればネットニュースで情報をを得ることもできる。
今回の震災でスタートしたサービスのリンクを幾つかご紹介したい。

NTTデータ sinsai.info
株式会社コロプラ
 「停電チェッカー」「位置登録実績MAP」の提供
Google自動車・通行実績情報マップ
 パイオニア「スマートループ渋滞情報」本田技研「インターナビ」トヨタ自動車「G-BOOK」日産自動車「カーウイングス」それぞれの走行実績データを特定非営利活動法人 ITS Japanが集約したデータをGoogle Map上に表示

短期間に各社が提供をスタートさせたサービスは多い。特にGoogleのサービスは目を見張るものがある。
日立製作所とMicrosoftは共にクラウドコンピューティングシステムの増強で支援している。
我々は知らなければならないことが沢山ある。それを知るにはインターネットで検索するだけで良い、というのも事実なのだ。
一気に書こうかと思っていたが長くなってきたので、続きは次回に譲ることにする。
今回の最後に。
デマは何故起こるのか、ということに言及して〆たいと思う。
ウイルスには2種類ある。PCを直接破壊するタイプと間接破壊するものである。
よく知られるトロイ型ウイルスはコンピュータの破壊を目的とするが、サーバに負担を掛けてパンクさせるのもウイルスの1種である。一般的にメールアタックなどと呼ばれるが短時間に大量のメールを送り付けてメールサーバをパンクさせるのである。チェーンメールもある意味それに近い。
非常時にそれを出す発信者というのはネット環境に負荷を掛ける意図は程度の差こそあれ存在する。しかもそれに加担する人々の多くは善意である。それを重々承知した上で「もっともらしい修飾をつけたメール」を出すのである。デマは逆に人の不安に付け込んで行われる。
どちらも人の心を弄んで楽しむのが目的であり、ソースが確定できない情報や、至急何人に送れ、などという内容のメールは例え中身が良さそうなことでも出したり拡散しないようにするのがネット社会のセオリーだ。Twitterでも拡散に加担すると有用な情報が埋もれてしまう。
余計な負担を掛け悪の手先にならないよう思慮深い行動が必要だ。

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1円の重さ
2011-04-01 Fri 11:36
Relief money march



宣言通り義援金を振り込んできました。
一回は小さくとも長く続ける、それが大事です。
「募金しかできない」のではなく、「支援で最も優れた募金ができるのは素晴らしい」と考えるべきでしょう。
モノは残念ながらモノ以外の仕事をしません。
ニーズに合わなければゴミですし、処分するにはお金が掛かります。
つまり貴重な募金を食い潰す原因です。
募金は小さなお子さんからお年寄りまで老若男女関係なくでき、何にでも化ける最高の武器です。
被災地が必要なものは全てお金で手に入ります。
しかも今回の震災はその規模が大きいですから「分母」が他の被害者より圧倒的に多いということ。それで十分な分配金にならない可能性もあるということを考慮すべきです。
新潟の地震と阪神大震災を比較すると約10倍の分配金に開きがあったそうです。つまり募金総額はどの震災でもあまり差がない、と思ってよいのかも知れません。

1円だって集まればかなりの金額になって行きます。それで助かる命があります。
1円玉の重さは約1gだそうです。
その1gのアルミニウム硬貨で助けることができる。それは凄いことだと思います。
私たちは生きて行くのにお金なしでは生きて行けません。
田舎で自給自足してもお金は必要です。
しっかり働き稼ぎ、ハンドメイドでも稼ぐ。
稼いだ分から少しづつ募金で結構じゃないですか。
稼いだお金は本来、自分に必要なお金のはず。そこから少しでも募金することは「金額が少ないから」と恥じることではありません。
普段通りの生活をすることでお金が世に出回り、それも結果的に被災地を救うことになります。
そして経済を回すことが何より日本を元気にし、復興への道だと思います。
今回の震災は福島原発を含めて長期戦です。そこまで日本経済にスタミナがあるか世界が注目しています。
風評被害は国内だけでなく世界的にも出て来ています。
これは日本人にとって試金石です。

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