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長イイ話
2008-10-27 Mon 21:33
前回スーパーセブンの記事でセブンと一緒に並んで写っていた小さな水色のクルマをご存知でしょうか?

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クルマ好きは勿論即答だと思います。
そうジネッタです。イギリスには数多くのバックヤードビルダーが存在しており、ロータスもかつてはそのひとつでした。ジネッタもそんなメーカーで、現在もバックヤードビルダーの要素を色濃く残したメーカーです。

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ジネッタの歴史は、1957年にイギリスのサーフォーク州で建築業を営んでいたクルマ好きのウォークレット四兄弟、ダグラス、トレバー、ボブ、アイバーによって、中古のウーズレイ・ホーネットを改造したG1というレーサーが作られたことによって始まります。このレーサーは彼等が地元のスネッタートン・サーキットをはじめ当事各地で行われていた草レースに出場するためのレーサーでした。しかし試運転の際、家を出たところでクラッシュしてスクラップになってしまいます。
しかしこの事故が彼等に火をつけたのか、すぐに次のクルマの製作に取り掛かり完成させたG2は、25mm鋼管スペースフレームにフォードの1.1リッターエンジンを載せ、高い評価を得ることになります。
本来は彼等がレースに出るために製作されたレーサーでしたが、近所のクルマ好き達に製作の注文を受けるのです。ウォークレット兄弟は半完成品のキットカーとしてG2を156ポンドの値段で販売しました。当事はイギリスでは自動車の物品税が50%も掛けられていましたが、キットカーはこの消費税が課税されなかったことから、キットカーは「どうしてもクルマを持ちたい、運転したい」と考えるクルマ好きの庶民に人気が高かったのです。このレーサーの成功がバックヤードビルダーとしての道を決定付け、彼等が自動車メーカーとして進む決心をさせます。つまり「ジネッタカーズ社」の誕生です。
1960年にはG2の改良型でFRP製のボディーを採用したG3が登場、翌年の1961年にはジネッタの最大のヒット作であるジネッタG4がロンドン・レーシングカーショーでデビューします。
G4はラウンドチューブのスペースフレームにアイバーがデザインしたFRPのボディーを被せた小さなスポーツカー、デビューと同時にサーキットにも姿を現し、話題を集めます。サスペンションはフロントが上下Aアームによるダブルウイッシュポーン+コイル。リヤはフォード・アングリアから流用したライブアクスルをトレーリングアームとAブラケットで固定+コイルというレイアウトで、重量は完成車で419Kgでした。ボディサイズは3350×1422×685(フロントウインドまで含めると923mm)ホイールベース2030mm、トレッドは前後共に1168mm。かなり小さいですね。幅だけは広いですがまぁ昔の軽四並みの大きさで異常に低い車体を想像すればいいと思います。G4には当初クライマックス750ccが搭載される予定でしたがこのエンジンが多くのバックオーダーをかかえて入手が困難な為、しかたなくフォード・アングリアの105E・977cc・OHVエンジンが搭載されます。完成車は697ポンド、キットで499ポンドという価格で販売され、16ポンドのオプション料金でフォード109E・1340ccエンジンも選べました。
時を同じくしてウォークレット兄弟はそれまでの建築業を完全に廃業し、エセックスに工場を設立しています。恐らく、このG4が成功すると確信していたのでしょう。

さて当事のキットカーってどんな内容だったのでしょうか。G4では以下のような内容でオーナーの元に届けられていたようです。

1エンジンとスプリング、ショックまでが組まれた完成シャシー
2インパネとメーター類
3スイッチ類、シート
4オースチン・スプライトから流用したフロントガラス
5ホイール、タイヤ5個
6ボディパネル

何となく「ラジコン」を連想しました。この内容ならやる気と場所さえあれば作れそうです。クルマも小さいのでさほど場所は取らなかったでしょう。「小さく軽い」のはキットカーでは個人が趣味で作る裏庭サイズとして必須だったと思えますね。
2年後の1963年、G4は多くの部分に改良を受けシリーズ2へと発展します。
フレームはチューブラーパイプからスクウェアパイプで構成されるようになり、エンジンペイのサイドシルが下げられフロントサスペンションもウイッシユポーンのロアアームのピポット位置を16mmずつ外側に出しスプリングのストロークを増しています。フロントディスクブレーキの採用もこの時からです。
最も変更を受けたのはボディーでリヤのテールフィンを廃止し、いわゆるスラブタイプと呼ばれる、絞り込んだリヤスタイルとなりトランクルームが拡大されます(全長は3547mmに伸びる)多分、日本で一番有名なボディーです。
そして、合わせガラスのフロントウインドとパースペックスと呼ばれる樹脂製のサイド・リヤウインドを持つ脱着可能なハードトップもオプションで用意されました。因みにG4にはドアノブがありません。オープンモデルは問題ないのですが、ハードトップではサイドのウインドウに開けられた穴から腕を突っ込み手探りで内側のリリースハンドルを探るワケです。知らない人はどうやってドアを開けるかすらわからない(笑)
まだエンジンは基本的に997ccのフォード105Eでした。というのも、当時の国際レース規定で市販車部門は同一エンジンを登載したクルマが100台以上作られていることと定められていたからです。そして、9月にようやくG4は100台以上の生産によるホモロゲーションが認められました。その後、エンジンのラインナップも増やされフォード113E/1198cc、116E/1498ccエンジンも選択できるようになるのです。ちなみに116Eを積んだモデルは、当初G5と名付けられ発売されましたが、市場ではG4のハイパワー版と受けとめられ、G5の名前が全く定着せず結局メーカー自らG4ー1500とモデル名を変えた経緯があります。まぁ東京ドームの“ビッグエッグ”も定着しませんでしたしね(笑)
因みに大分のスタジアムは“ビッグアイ”で定着しています。九石ドームの方がちょっと違和感ありますね。ここで書くのは初めてだと思うのですがサッカーファンです。
さて、更に本人の希望に応じてコルチナの112Eやロータスツインカムも選択できるようになりました。

そして64年に登場した、G4シリーズ2をベースにリヤのサスペンションをフロントと同じダブルウイシュボーンに変え、4輪独立とし4輪ディスクプレーキを採用したG4Rというレーシングモデルがあります。今回見掛けたG4はこのG4Rです。

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当時、草レースに参加していたドライバー達から同じ105Eを載むロータスセプンよりもポテンシャルが高いと評判でした。
G4・G4Rはこの後、イギリス国内レースで多くの戦債を残しています。
特に64年はそのピークと言え、ワークスドライバーのクリス・ミークは自分で組み立てたG4にコスワースのカムシャフトを組み込んだフォード製1650ccのOHVエンジンを搭載しlシーズンに8回の優勝・6回の2位を獲得するなどの戦績を収めます。更にG1のころからホームグラウンドであったスネッタートン・サーキットでは2000cc・180馬力のポルシェ904が樹立したコースレコードもあっさりと塗り替えてしまっています。
レースでの戦績はすぐに人々の話題となり、市販車も順調に販売を伸ばします。当時のイギリスをはじめヨーロッパではレースの戦績が市販車の販売に大きく影響していました。それはワリと最近までの傾向のようです。例えばAlfa Romeo155も最初は全く売れませんでしたが、DTMやBTCCで活躍をはじめた途端売れるようになっています。G4も最終的に500台以上の生産が記録されています。この成功によりジネッタカーズ社は経営安定の基盤を築くことができました。
G4はエンジンやシャシーを改良しながら様々なバリエーションが発売されています。1964年にはG4Rが登場します。4輪独立サスペンション、4輪ディスクブレーキが採用され、ロータスツインカムエンジンが搭載されます。


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1966年、G4に代わるレーサーとしてG12を市場に送りだしました。
G12は純粋にサーキットレースでの使用を目的として開発され、G4と共通なのはフロントスタイルと鋼管フレームにFRPボディーを被せている事くらいで中身はまったくの別物。ミッドシップ・レイアウトを採用したボディサイズは3500×1550mm×1050mmとG4にくらべ若干大きくなっています。

サスペンションはフロントがトライアンフスピットファイアから流用したダブルウイッシユポーン/コイルにスタビライザー。リヤは長いダブルラジアスアームで位置決めされた逆A型ロアウイッシュボーンとトランスバーリンク/コイルにアジャスタブルスタビライザーを採用した独立懸架を採用。ブレーキもスピットファイアから流用したガーリング製4輪ディスクが奢られます。流用とはいえすピットファイアは車体重量が800kgに対してG12は560kgで240kgも軽いのですから十分な制動力だったでしょう。ドライバーの背後には完全にミッドシップで縦置きされたエンジンは相変わらずG4と同じ105E(39PS/5000rpm)が標準でしたが、実際のレースではG12はスペシャルGTクラス/1150cc以下にエントリーされるのでコスワースSCAというフォード105Eをベースに5ベアリング&SOHC化したフォーミュラー2用エンジン(115PS/8750rpm)を搭載するのがほとんどだったといいます。
ミッションはヒューランドMk-4の5速にLSDの組み合わせ、67年からは1498ccのロータスツインカムをチューンした1594ccのコスワースMk-8が搭載されます。
G12は9月のシルバーストーンのデビュー戦でワークスドライバーのウイリー・グリーンによってラップレコードを記録。続いてホームグランドのスネッタートンではクラス優勝を果たします。また翌年にはブランズハッチで7リッターのシェルビー・コブラ、4・7リッターフォードGT40という強敵を打ち破るなど数々の輝かしい戦績を収め、以降、ロータスエラン・TVRといった上級クラスのクルマを相手に活躍し1150cc以下クラスでは無敵を誇りました。レースに出場し勝つ事を命題とされたG12はキットカーではなくコンプリートカーだけが販売され、その価格は1200ポンドでした。オリジナルのG12は50台弱の生産が記録されています。しかし、純粋にサーキットを走るために生を受けたG12は公道を走るにはあまりにスパルタン過ぎていました。特に複雑なシャシーは手間とコストが嵩み生産性を大きく損なっていました。実のところ、ロータスもセブンシリーズで同じジレンマに陥っていました。それがセブンの販売停止という事態に繋がったのですが、ライバルであるジネッタも同様だったとは何とも奇遇な現象です。
こういった反省から、企業としてもっと生産性の高いスポーツカーを作るべきだ、として登場したのがG15です。生産台数は800台を数え、後にも先にもこれを超えるヒット作は生まれませんでした。

G4は67年によりラグジュアリーに振ったモデルを登場させますが、市場からの反応はイマイチで69年に生産を終了します。
68年にはG12の発展型であるG16が登場したことで実質的にG12の歴史は終わることになります。
1990年に(株)ジーエフティよりG4、G12の再生産を依頼されることになり、トレバー、アイバーそしてトレバーの長男であるマークによりDARE(Design and Research Engineering)社が設立され、2年余の歳月をかけ、オリジナルの作り手によってG4、G12が復活となります。

どうだったでしょうか、今回のジネッタ。特に今回は僕が大好きなジネッタでG4RとG12が同時に見られただけでも幸せです。秘密の情報も得たことだし…
今でも当時の姿(中身は変更があっても)そのままに新車で手に入るクルマというのは数少ない存在と思います。しかもそういうクルマは何故かイギリスに多いというのは、恐らくバックヤードビルダーが生き残れる環境とリンクしていると思われます。これこそがイギリスの特殊性であるとともに特徴なのだと思っているのです。日本では到底考えられない状況だと思います。日本における標準化と差別化というのは一見すれば良いことのようですが、ジツのトコロ“枠に収まらないモノを淘汰する”作業だったように思えてなりません。イギリスのバックヤードビルダーが温々と生存できているはずは勿論ありませんが、日本なら“瞬殺”状態に近いとすればどうなのでしょう。

最後に「う~ん」はしないでね(笑)
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この記事のコメント
きましたね
ジネッタ、来ると思っていました(笑)
個人的にはあまり知識がなかったので今回の記事は為になりました、さすがインテリ(爆)

さて、バックヤードビルダーといえば、そこから大きくなった典型はTVRでしょうね。
特にピーター・ウィラー時代はTVR繁栄の基盤を作ったと言ってもいいでしょう。
なんたって一時期は年産3000台近くまで行きましたからね。
でもウィラーはTVR手放しちゃったしなぁ・・・
2008-10-27 Mon 22:17 | URL | こ~んず #JalddpaA[ 内容変更]
IKEAさんのクルマに対する知識と執念ははすさまじいですね(笑)
それにしてもG12、いいですね~!思わず浮気してしまいそうです(苦笑)
2008-10-27 Mon 22:20 | URL | きゃつお #-[ 内容変更]
思わず浮気してしまいそうです
>きゃつおさん
出来るものなら逝ってごらんなさい(核爆)

>執念

彼は変態ですから(逃走)
2008-10-27 Mon 23:10 | URL | こ~んず #JalddpaA[ 内容変更]
こ~んずさん
>来ると思っていました
やはり気付いていましたか(笑)
ロータスとまとめて紹介するのは忍びなかったので、別記事にしました。いやね、ジネッタそのものを見るのって初めてなんじゃないかな。大分ってそれくらい田舎です(苦笑)
しかしカッコイイなぁ、ジネッタ。これだけでご飯3杯はいけそうw

>TVR
いやアナタも立派な変態(笑)
TVRが世界第3位のスポーツカーメーカーなんて時代も変わったものです。
2008-10-28 Tue 06:54 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
きゃつおさん
>知識と執念
昔のOld Timerni詳しい特集があってそれを参考資料にしました。多分ウィキの記事もこれを下敷きにしてる感じですね。よって今回はあまり苦労していませんw
というより情報が少な過ぎてこれより先に進めない(苦笑)

>浮気してしまいそうです
相当にM体質ならどうぞww
気軽に乗れるクルマじゃぁないことだけは確かですよ。
2008-10-28 Tue 06:59 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
お久しぶりです♪

おぉ!ジネッタですね~♪
以前、僕のブログで「この車は何?」と書いたら、IKEAさんがレスくれたんですよね~♪
その記事が縁となり、お互いのブログをリンクすることになりましたねっ!

僕にとってジネッタG12は、縁結びのクルマになっています♪
2008-10-28 Tue 16:18 | URL | なぉ。 #bBmFigmc[ 内容変更]
>なぉ。さん
久しぶりですね。
そうそう、確か動画に写っていたジネッタでした。
初コメントだったんでしたっけ?w
大好きなジネッタだったので「こりゃコメントせねばー」みたいな勢いだった記憶が、ハハハ。

そういえば気になっているのが156のガス消失ですけどその後どうですか?最近は気温も下がってきたの、それで治まっているようでしたら自然に揮発したという事なんでしょうね。
2008-10-28 Tue 18:38 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
ジネッタと来れば黙っているワケには行きません(笑)
イギリスのバックヤードビルダーって彼らがどーでもいいと思っているトコロは徹底的に手を抜くんですよね。むしろ、そんな完璧なクルマが欲しければメーカー品を買え!と思ってるフシがあります。
モーガンやTVRなんかはそこから脱却して行こうとしてますが、それでも少数生産でちゃんと経営を成り立たせるノウハウを持ってるからこそ生き残っていけるんだと思います。拡大路線が生き残り術だというのが経営学の鉄則ですが、それを真に受けて前年比二桁成長を命題とする企業とは一線を隔して、ちゃんと経営が成り立つという好例ですね。
2008-10-28 Tue 19:23 | URL | 510190 #-[ 内容変更]
510さん
>黙っているワケには行きません
やっぱりですか(笑)

>徹底的に手を抜くんですよね
バックヤードビルダーが生き残る術だと思いますよ(苦笑)欧米の工業製品は多かれ少なかれ合理主義で成立してるんじゃないでしょうか。

>ノウハウ
結局、ニッチ的なビジネスなんですよね。だから沢山は売れない。少数精鋭の企業は人件費を削減できる代わり、売上げも小さいからキャッシュフロー管理をしっかりやらないと黒字倒産も有り得るでしょうね。
何度か経営不振に陥ったビルダー達は、材料や機械などの調達コストが嵩んだタイミングで減収になったのではないかと想像してるのです。
2008-10-29 Wed 06:23 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
沢山は「売れない」のではなく「売らない」のだと思います。それが彼らの経営哲学で、自分たちの利益目標に即した生産台数以上を作るとなると、どれだけ利益を見込めても、設備投資や雇用の問題を含めそれがリスクファクターになるのを承知しているから、仮に販売が見込めたとしても敢えて売らないのでしょう。零細企業にとってリスクをミニマムにすることのほうが、利益を増やすことより重要だと考える経営戦略は賢明で、幾多の企業がそこで失敗して倒産してますからね。
バックオーダーを抱え、2年待たされたとしても客が逃げないクルマを作ることのほうが、バックヤードビルダーにとっては重要なことなんでししょう。
2008-10-29 Wed 18:05 | URL | 510190 #-[ 内容変更]
510さん
>「売れない」のではなく「売らない」
ブランドもこの戦略ですよね。大量生産品との差別化だと思います。ピークだったG4の頃のジネッタがどの程度の経営成績だったのか試算してみたのですが、中々いい成績です。尤も材料原価55%人件費50%という荒っぽい計算ですが(苦笑)
ただし経営分岐点を下回る事も十分有り得るハナシで、数を売らない代わりの代償はココに尽きるだろうと思われます。だからこそのキャッシュフロー管理と、510さんが言っておられるように「リスクファクター」を増大させない配慮が必要なのですね。

>2年待たされたとしても客が逃げないクルマ
ココが一番大事かと(笑)
ジネッタというクルマは、そういうクルマの1台ですもんね。
2008-10-30 Thu 06:42 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
皆さんの知識には・・・
すごいものがありますね。原価比率が出てくるのもスゴイ。
でも、どういう境遇でも愛されるメーカーは羨ましいですね。それは個人を虜にさせる何かがあるからでしようか。モノは違いますが、モノ作りに携わる人間としては参考になります。
そこで、ジネッタのボディはFRPでしようか?何かそんな臭いがします。僕の友人が30年来FRPやってて、今後何か一緒にやろうということになってますが、何かいいアイデアないですか?造形の世界で。
2008-10-31 Fri 00:31 | URL | kouichi #-[ 内容変更]
kouichiさん
ようこそいらっしゃいませ(笑)

>原価比率
ご存知かも知れませんが「製造業」の原価率は50%が分かれ目と言われています。ジネッタを55%としたのは他の製品より複雑な製品だからです。一般製造は概ね40%くらいです。そのジネッタがG4の登場で経営が安定し、それでG12を開発する事もできた、という複数の記述から原価率は55%以下でないと難しいという計算を立ててみたのです。推測なので当たっているかはわかりません(苦笑)

>どういう境遇でも愛されるメーカー
なかなか少ないと思います。G4とG12は再生産という形を取りましたが、ジドウシャの歴史でも極めて稀な存在です。

>FRP
お察しの通りFRPです。セブンもSr4はFRPでしたね。

>いいアイデア
あれば僕がもうやってますよ(爆)
この世に売れないモノはないと言われます。が、それで食えるかは別問題な気がしますね。多分に「食えるあるいは食わせる」ことができる収益ラインが経営分岐点でしょうから。
2008-10-31 Fri 07:01 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
>IKEAさん
そうですね。だいたいそれくらいで計算しますね。
ウチの機械は手離れ悪いんでもう少しほしいんですが・・・(ヘッヘッ!)
また、九州行きますね、高速代がなんか1000円になるらしいので。

2008-10-31 Fri 12:38 | URL | kouichi #-[ 内容変更]
>手離れ悪いんで
そういう機械ありますね(笑)もぅ、コノヤローって言いたいくらいのヤツ。
FRPのハナシなんですが、新規で市場に参加する場合、既存のモノからの代替か、既存の製品の不備を補った商品開発ができないと難しいと思います。特に後者の場合、今あるシェアの奪い合いですからね。

>高速代がなんか1000円
そういう事らしいですね。僕も何気に気になっています。
やっぱりETC付けようかな。
九州来る時は是非声を掛けてください。こちらでも俄かに地下活動が始まっていますから(笑)
2008-10-31 Fri 18:59 | URL | IKEA #-[ 内容変更]
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