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被災地を襲う第二の災害
2011-03-24 Thu 15:49
本日はもうひとつ。

もう繰言になるので詳細は書かない。何度もこのブログで繰り返しているから。
Wikiの記事にリンクしたので読んでちょーだい。
記事からのリンクも読んだ方が良いと思う。

第二の災害


今回の震災でもうちょっと違う側面を見ている部分があるが、それは別の機会で。

<追記>

地獄への道は善意で舗装されている


有用と思われるので追加リンク
これには少し補足が必要かも知れない。
ネットを徘徊してみたら曲解しているものが結構あったからだ。
意味はリンク先を読めば理解できると思うが、善意の心算で行ったことで結果的には相手に苦しみを与えることがあるという意味で良いだろう。じゃあ「善意でしたことは全て悲劇を生むのか」と曲解するのは違うと思う。更に「善意は信用できない」とまで曲解すると倒錯している。
「妙薬口に苦し」も「良い薬とは必ずしも口当たりの良いものではない」と解釈するのが筋。「苦い薬は良い薬」は順番が入れ替わっただけのようで全く意味が違ってしまう。
行動の根底には悪意よりは善意が元になっている方が良いと思うのだ。
これが一番適格だな、と思ったのが「善意に知性がプラスされれば鬼に金棒だ」というもの。

2manji | raurublock さんのインタビュー

私は、『悪人は頭を使うけど、善意の人はあまり物を考えない』という点に問題があると見てる。悪人は悪事がバレないようにとかズル賢く頭を使って先のことまで考える。ところが善意の人は、「私のやることは善いことなんだから良い結果を生んで当然だ」と無邪気に信じ込んで、あまり先のことを考えずにコトを進めてしまう傾向が強い。ヨーロッパだとこういう諺があるぐらいだからそういう人って多いんだけど、日本でも負けず劣らず多い。でもね、悪いのは善意そのものじゃない。悪いのは『頭を使わないこと』の方なんだ。善意に知性がプラスされれば鬼に金棒だ。どうすれば善意で天国への道を作ることができるのか。それをみんなで考えてみないか。

こう括っている。ナルホドと思った。
悪事には大概、良心のブレーキが多少でも掛かる。だが「私のしていることは良いことだから」と信じ込んでいる人にはブレーキがない。していることへの疑いもないので振り返ることもない。こういうことだな。
いい事と思っても「結果的にどうなるのか考える作業」ができる人は知性が伴っているのか。

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