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情報難民、情報弱者3
2011-04-06 Wed 10:15
前回は実際に起きたデマ事件を取り上げた。
この章で知って欲しかったことは、普通の人が発信する情報がこのような重大な「事件」に発展する可能性を持っていること。そして同時に刑事責任を問われる可能性を示唆した。
つまり、我々が何となくやっていることにも他者へ大きな影響力を及ぼす力があることを自覚することだ。
極めて当たり前だが、こうしてアップされるブログの記事はインターネットである以上、どこの誰が読むのかわからない。
問題なのは「何故この人はこのようなことを書いたのだろう」と考えることだ。本を読むときと一緒で「行間」を読まなければ本質には迫れないのである。

ここまでは「個人による情報発信」を扱ってきた。その中で、情報の真偽を確かめる方法として「信頼できるソース」の確認を書いた。個人が書くものは、その道のプロでなければ往々にして個人の潜在意識まで含める思想を反映して書かれると考えるべきだろう。
入ってきた情報を元に咀嚼する段階で思想のバイアスが掛かるのは避けようがないと言える。
ならば、情報発信のプロ(一般メディア)にはそのような思想のバイアスは存在しないのだろうか?

朝日新聞社「AERA」がすっかりカストリ雑誌化か。残念。




メディア・リテラシー

このシリーズは簡単に終わるような内容ではないと思っている。ただこの時期に書くのが最適なんじゃないか、というのも他方でありしばらくお付き合い願いたい。
この写真は雑誌AERAの3月28日号表紙である。
この表紙とコピーに対して物議を醸し出した。確かにこれは酷い。
リンク先を読んで頂くとわかるのだが「ここまで露骨」だと呆れてしまう。
この批判に対するAERA編集部の謝罪文は以下の通りだ。

AERA今週号の表紙及び広告などに対して、ご批判、ご意見をいただいています。編集部に恐怖心を煽る意図はなく、福島第一原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しましたが、ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます。
編集部では今回いただいたご意見を真摯に受け止め、今後とも、様々な角度から全力を挙げて震災報道を続けていく所存です。最後になりましたが、被災者、関係者のみなさまには心よりお見舞い申し上げます。


この文章はどこにあるのかというと右フレームにあるTwitter上である。これだけ大事なことをつぶやくという神経もどうかと思う。普通ならトップページに別枠で掲載しないだろうか?
僕は別にこの雑誌に恨みがあるわけでもなんでもない。申し訳ないが、今から書きたいことの悪い例としてAERAさんに出て貰った。
この章のタイトルはメディア・リテラシー。
この意味は情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。
先にも書いたが、記事を書く記者にも思想なり考え方がある。また得られたニュースソースの発信地による違い、様々な背景や事情などによって誇張や嘘も出てくる。このようなことによってメディアの発信する情報にも偏りがある。こういう情報を鵜呑みにしていたのでは、受信者は不利益を被ることがある、と理解する必要がある。そのため我々メディアを利用する者は、
情報の正しさ
情報の偏り
情報の意図・目的
これらについて注意深く読み取り、情報の取捨選択をする能力が求められるのである。
恐らく私たちが良く知る嘘や誇張の代表例は大本営発表であろう。大本営発表は太平洋戦争において合計846回行われた。初期は現実通りの報道を行っていたがミッドウェー海戦の敗北を機に損害の過小報道が目立ち始め次第に勝敗すら嘘を報道するようになった。その後、海軍の上層部にすら正確な情報は入らなくなり、作戦立案の大きな障害となって行くのである。戦争中で報道統制が布かれていたこともあり、終戦まで日本が負けていることを知らない人は少なくなかった。
ここでは戦争について論議する場ではないがもう少し話す。
反面、この大本営発表に疑問を感じた人々もいた。彼等は何故そう感じていたのだろうか。無論その中には現役の軍人もいたが戦争経験者にしてみれば、ずっと勝利ばかりの戦争などあり得ない。そういう既存事実があった。だから違うのではないか、こう考えた。つまり「内在的チェック」だ。
ただ時代的背景からいってそれを声高に言う訳には行かなかっただろう。
もうひとつの例。
北朝鮮に関する報道も裏付けにほとんど手段がない(一般人には皆無)
日本海を隔てたお隣さんだが全く情報がない国だ。そういう中で報じるマスコミの情報だけがこの国を知る手立てだが、これにもし「強力な意図」があれば我々は作られたイメージを簡単に刷り込まれてしまう。
こういう体制の違いによる報道の相違は常にある。冷戦時代、西側諸国は西側諸国からの目線で報道するし、東側も同様だった。ソ連が崩壊する直前までワルシャワ機構の軍事力を脅威と考えていたが、蓋を開けてみれば時代遅れで全く取るに足らない存在だったのである。
政治的背景のみによって報道に偏りがあるだけではない。立ち位置の違いによる見方が変わると言う事も変わってくるのである。

感じたことは正しくても、それが全てを言い表していないこともある。それを個人の感想という形で検証してみたい。
Aというカフェがあったとしよう。Bさんは口コミで美味しいと聞いたので行き食事をした。しかし、Bさんはそれほど感動しなかったばかりか悪い印象を感じた。それを早速、ブログで書いた。

今日、ネットでも美味しいと噂のAに初めて行った。
お店の雰囲気はオシャレで素敵。期待は急上昇。
でも、席についても水も出なければ注文にも来ない。もう10分以上待たされてる。
できるだけ早そうなオリジナルカレーを注文。
待ちに待って、ようやくカレーが。
でも、正直なとこ期待外れかな。


Bさんが感じたことには間違いない。これだけを読んだ読者はカフェAに対して良い印象より悪い印象を持ったとして不思議ではない。
同じ日にCさんもカフェAに行き、感想を書いた。

初めてAに行きました。
お昼時を外したのに凄くお客さんが多い。お店は夫婦で切り盛りしてるみたいだけどバタバタしてる。
通っていくときに奥さんが「すみません」て感じで私に目で合図して行った。
自慢のオリジナルカレーを頼んだんだけど、自慢するだけに美味しいです。
ホテルのレストランとかとは違うけど、スパイシーで手間が凄く掛かってる感じ。


BさんとCさんの意見にはかなり温度差がある。両者ともに率直な感想だがこういう場合どちらかの意見だけを良しとすべきではない。
もしかするとこの店はオペレーションがダメダメなのかも知れないし、味は素朴だが洗練はされていないのかも知れない。BさんとCさんの味に対する基準というのも、この記事だけでは判別するだけの情報がない。両者の記事から判断できることはこの日の店が忙しかったという事実だろう。
しかし「評判店」=「お客が多い」と考えるのは注意が必要だろう。直近で広告を出しても客は増えるし、その日だけ近くで大きな催し物があり客が流れている可能性もあるからだ。
少なくともBさんもCさんも待たされたことは間違いない。Bさんは10分以上と具体的に書いているが、Cさんは具体的な提示がなく何分待たされたか担保できない。
またBさんは待たされることに苛立ちを感じる性格ではないかと推測される。従ってBさんが味の評価を感情的に書いた可能性が否定できない。特にBさんは冒頭で店の雰囲気に触れ「素敵」だと書いているが、外観の良さがサービスの内容を反映するわけではないのに過剰な期待を寄せているかのような表記がある。
このように情報というのは常に書いた人の背景や思考などを見抜きながら判断しないと結果が全く違ってくることがある。
ここでは一般人が書いたと仮定して2つの感想を比較して考察したが、例えばスタンスが「経営者」や「料理人」などの店側サイド寄りの人間なら見方が違ってくるに違いない。
このように事象というのはひとつだが視点というのは幾つもある。いや、それを知る人の数だけ視点があると言って良いだろう。
メディアも新聞社なら朝日と毎日でも同じ報道にニュアンスの相違がある。元来持っている社風もあるが情報を記事にする時点で完全に人の意識を排除することは不可能で、少なからず反映されると考えるべきである。特に特集記事や社説では意見のウェイトが大きくなるために、新聞社や解説員なりの思想が露出しがちである。
また事実に対する思想だけではない。マスメディアも売れなければ食えないのであるから、売れるような刺激的で扇動的なコピーを付ける可能性がある。今回のAERAはその代表としてご紹介した。
防護服のゴーグル部分をアップにし「放射能がくる!」と赤字のコピーを付けている。これを見て、放射能を漠然と「怖い」と考える人々には相当なインパクトがあると考えられる。これが社会に与える影響がどれほどあるかは社会誌のAERAが認識していないなどあり得ないわけで「意図的なもの」を感じないわけにはいかない。
憲法には「思想・言論の自由」が保障されている。これは非常に大事なことである。戦争中の日本にその自由は許されなかった。
反面、マスメディアはその発言において社会に与える影響が大きい。その影響力は権力にも値しよう。
故に極力私見を加えず、偏らない情報を発信するよう心掛けるべきだ。
しかし、ここで例を上げた以外にも記者が全てを知っているということは現実的にあり得ないことであり、その知っている範囲を超えて記事にすることは不可能である。従い、偏りは必然的に生じるのである。情報化社会に生きる我々はその事実を理解し、情報を正確に評価し正しく利用するスキルを求められているのである。
さて、AERAの母体は朝日新聞である。この新聞社の大罪について述べて、今回は〆としよう。
先に、太平洋戦争に触れた。
私たちが学校で教わった歴史では軍部の暴走が戦争への道へ突き進む原因となった。大体このように教わったと思う。だが、これは真実ではない。
厳密に言えば軍部・産業・メディアの三者が協力して戦争へ向かわせた、と考える方が正しい。この戦争への是非となると簡単に終わらない記事になってしまうので割愛するが、戦前の少なくとも昭和6年までの朝日新聞は大阪朝日を見るまでもなく軍部批判を前面に打ち出した戦争慎重路線を走っていた。
ところが満州事変が起こると全く方向転換をしてしまうのである。その理由として朝日は「満州事変以降、太平洋戦争末期になればなるほど厳しさと細かさが増していった。新聞側は、その流れに強く抵抗できないまま、次第に迎合していく」とした。しかし戦争反対とは言えないまでも中庸の立場でいることはできたのであって、より踏み込んだ「迎合」すなわち「戦争協力」へ向かう理由とは考え難い。
また「右翼からの圧力」を受け暴力に屈した、との意見もあるが、それだけによって協力するのも合理的な理由となり得ようか。
新聞は戦前までの最大のマスメディアであった。この21世紀においても生き残っているメディアであるが、それまでの新聞というのは絶大な力を持っていた。丁度、朝日新聞が方向転換した時代に新たなメディアが登場する。それがラジオだ。
新しいメディアに対しては既存メディアは非常に敏感である。何故なら、新たなメディアによって既存メディアが取って代わられる恐れがあるからだ。ラジオの速報性は新聞を十分に脅かす存在だった。
結局、戦争協力路線への転換の原因は「そろばん勘定」を優先したからではないだろうか。
新聞というのは戦争で部数が伸びるからだ。現にその後協力路線になった毎日と朝日は猛烈に発行部数を伸ばした。彼等は紙面で国民を煽りに煽ったのである。そして向かわせた先は地獄である。
AERAの表紙を見て思い出したのは、この朝日の大罪なのだが、煽られた国民が全く思考停止して思うツボだったことの方が大罪ではないか。
重要なのは朝日新聞がプロパガンダになったことではなく、我々が常に冷静な目で見てチェック機構の機能を果たすことだと思う。
戦後の朝日新聞が「戦争責任」とか「戦争犯罪」などと終戦記念日の特集で書くのなら自身の批判をもっと掲載すればいいのにね。


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情報難民、情報弱者2
2011-04-03 Sun 20:40
前回はデマを取り上げて終わった。
今回は実際に起きたデマ事件を扱ってみたいと思う。

豊川信用金庫事件

この事件は1973年12月、愛知県宝飯郡小坂井町(現・豊川市)を中心に「豊川信用金庫が倒産する」という噂(デマ)から取り付け騒ぎが発生し、短期間に約26億円もの預貯金が引き出された事件である。そもそもは高校生の些細な会話からこれほどの事件となり、その後の警察による調査によってデマが集団パニックを引き起こす過程を詳細に解明した珍しいケースで、時に社会心理学の教育現場で引用されている。

発端
12月8日(土)

豊川信用金庫に就職が内定した女子高生Aは友人B、Cと下校の為、飯田線の電車に乗り込む。
この時、BとCは「信用金庫は(強盗に狙われるので)危ないよ」とAをからかった。
Aはこの冗談が心配になり、夜になって叔母D(当時Aさんの下宿先)に「信金は危ないのか?」と訊ねる。
Dは豊川信金本店近くに住む親戚E(兄の妻)に「豊川信金が危ないという噂があるが本当か?」と電話で尋ねる。
Eは「それは噂話に過ぎない」とDに答える。

12月9日(日)

噂話で片付けたEはこの日の夜行った美容院で店主Fにこの噂話を話す。

12月10日(月)

美容院店主Fは親戚Gに豊川信金の噂話を話す。この時偶然、小坂井町クリーニング店の店主Hが来ていてこの話を聞く。帰宅したHは妻Iに話すが、この時点では「噂」という認識であったらしく、その後の3日間は何も起きていない。

広まり
12月13日(木)11:30頃

Hの店に一人の男性が電話を借りに来た。男性は電話で家族に「豊川信金から120万円引き出せ」と指示。この男性は噂を全く知らず必要だったので引き出すよう指示したのだが、これを聞いていたHの妻Iは先日の噂を反射的に思い出し、大急ぎで夫Hを呼び戻すと預金していた180万円をおろした。
H夫妻は友人、知人、得意先に電話でこのことを伝え、近所にも行って「豊川信金が危ない」と伝える。
この話を聞いた中にアマチュア無線の愛好家がいた。彼は無線を使ってこの話を伝えた。
この日、豊川信金から預金をおろした人数は59人、金額は5000万円である。

この日のタクシー運転手の証言
昼頃に乗せた客は「同信金が危ないらしい」、14:30の客は「危ない」、16:30頃の客は「潰れる」、夜の客は「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」と時間が経つにつれて噂は誇張されていく。

二次デマ
12月14日(金)

事態を重く見た豊川信金は収拾のため声明を発表。
しかし、これを曲解して「銀行の中に使い込みをした者がいるらしい」から「職員の中に五億円を持ち逃げした者がいて経営がおかしくなった」に。
「理事長が死んだ」から「理事長が自殺した」へ変化し「理事長が不況を苦にして自殺した」から「理事長が不況を苦にして首をくくって自殺した」などとエスカレートする。恐慌状態になった民衆には声明を出せば出すほど逆効果になった。
同時に、豊川信金のある小坂井町、豊川市に隣接する豊橋市にも噂が飛び火。
「豊橋市の第一勧銀に客が詰め掛けている」という噂が流れ、似た名前だった豊橋信用金庫は対策として店頭現金を増額。
窮地を脱するため、豊川信金は各メディアに対してデマ報道を夕方から報道依頼。同時に警察も捜査を始める。

沈静化
12月15日(土)

大蔵省東海財務局長と日本銀行名古屋支店長が連名で同信金の経営保障をすると発表。豊川信金窓口では自殺したはずの理事長が対応に立つことで徐々に効果を奏し鎮静化に向かう。

終焉
12月16日(日)

警察がデマの伝播ルートを解明、発表し捜査が打ち切られた。

事の発端は女子高生の他愛ない雑談だった。普通ならこのことから集団パニックに発展するとは考え難いかもしれない。これだけの事件になるには素地になる条件が当時揃っていた。

1 1973年は第1次オイルショックの年で不況という社会不安があった。10月にはトイレットペーパー騒動が発生している。
2 1966年に豊橋市にあった金融機関、中日本産業が倒産。小坂井町は出資者が多く、甚大な被害を被っていた。
3 狭い地域で異なる人物から同じ内容の話を聞くと「信憑性がある」と信じてしまう。これを「交差ネットワークによる二度聞き効果」という。

クリーニング店のH夫妻は中日本産業の被害者だった。豊川信金は不況による影響はほとんど受けていないにも関わらず、過去の苦い経験から冷静に判断することができなかった。もちろんH夫妻が噂を広めたのに悪意があったわけでなく「あの時の苦い経験を他の人にも味合わせていけない」という善意からの行動だった。
だが1971年にペイオフ制度が導入された。この事実をH夫妻は知らなかったか失念していた。そうでなかったら慌てなかったと考えられる。特に目立つのはこの時、無線によって情報がばら撒かれたこと。当時としては強力なネットワークだっただろう。
そしてもう1件。
この事件から30年後の2003年に同じような事件がこの九州で起きた。
2003年12月25日午前2:00頃、佐賀に在住の女性が友人から「佐賀銀行が26日に潰れるらしい」と電話で聞いた。この女性はこの噂話を友人にメールする。

<当時、送信されたメール>

緊急ニュースです!
某友人からの情報によると26日に佐賀銀行がつぶれる そうです!!
預けている人は明日中に全額おろすことをお薦めします(;・_・+
一千万円以下の預金は一応保護されますが、今度いつ佐銀が復帰するかは不明なので、不安です(・_・|
信じるか信じないかは自由ですが、中山は不安なので、明日全額おろすつもりです!
松尾建設は、もう佐銀から撤退したそうですよ! 
以上、緊急ニュースでした!! 
素敵なクリスマスを☆彡


この内容のメールを26人に28通、3回に別けて送信した。
これが「佐賀銀行デマメール事件」の発端である。


当時の朝日系ニュース映像

友人、知人にお知らせした心算が、受信した人達が再送信(チェーンメール化)したり電話したりすることで急速に広まり、不安を煽られた民衆が佐賀銀行の店頭窓口とATMに押し寄せ、預金が引き出されたり解約された。25日午前中から問い合わせの電話が急増。午後になると更に加速し、支店では支払い金が不足するようになる。午後18:00頃には本店のATMに200人以上の列ができ混乱を極めた。この時間以降、携帯電話が繋がらなくなりNTTは緊急措置として通話の制限を実行。
25日だけでも平時より120億円多い180億円が引き出され、取り扱い件数は3万2000件増の9万2000件に達した。結果的に450億円から500億円が流出する大事件に発展した。
25日午前から預金引き出しの急増に気が付いた佐賀銀行は、14:00過ぎにメールの現物を入手しそのようなデマが出回っていることを認識。
同日17:45 佐賀銀行は佐賀県警に対して著しく信用を失墜させたとして、被疑者不祥のまま信用毀損罪で刑事告訴。同日、受理された。
年が明けて2004年2月17日、このメールを発信した中山という女性が逮捕される。佐賀署の取り調べに対し「(聞いた話を)本当に信じ、友達に教えようと思った」と涙を流しながら語ったという。
同年9月9日、佐賀地検は「(信用を傷つけようとの)犯意を認めるに足る証拠がない」としてこの女性を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。
まさかこんなことになるとは思わなかっただろう。当時23歳だった中山さんは安易に信じて伝えたメールが皮肉にも「素敵なクリスマス」どころか「最悪のクリスマス」にしてしまった。何故、この情報を信じてしまったのだろう。

この佐賀銀行の事件も先の豊川信用金庫事件と同様に大事件に発展するような素地があった。
この2003年の流れを見ると3月11日に松尾建設が大幅なリストラを敢行している。メインバンクは佐賀銀行だ。その後も松尾建設倒産の噂が巷にはあった。
8月になると佐賀商工共済が資金運用失敗(具体的には穴埋めにアルゼンチン債に手を出して沈没約58億円の負債)で破綻。
11月29日には栃木県の地方銀行足利銀行が破綻。自己資本率は4.45%だったが233億円の債務超過で全株国有化することになる。佐賀銀行は自己資本率が8.6%の優良銀行だったが12月の初頭に次の公的資金注入先が九州北部の地銀ではないか、という噂があった。このときに具体的な銀行名が出なかったため、漫然とこのエリア全体が危ないかのような印象を持たれた。
12月10日には県内で最大規模の負債で豊栄建設が倒産。民事再生法の適用を申請する。135億円のうちメインバンクの佐賀銀は79億が回収不能になる見込みと報道された。
この2003年は拓銀倒産からしばらく「銀行も潰れる」を忘れようとしていたのを人々が思い出した時期で、こういう情報に鋭利に反応する条件が揃っていた。その前にはりそなHDの実質国有化やみずほHDの不良債権の問題があり金融機関への信用が失墜していた時期でもある。

社会が不安を感じている時、噂は更に脚色され悪い噂ほど広まる。人間の特性として悪い噂ほど信じてしまうのも事実である。
中山さんは友人から聞いた噂を当時の雰囲気から「裏付けを取らず」に信じた。メールの内容から「ペイオフ」も十分承知していることがわかる。それでも全額引き出すと矛盾した発想へ向かっていることに自分では気が付いていなかったのだろう。
このときペイオフには上限が1000万円とされていたが、それであれば多くの人は預金が補償されていたはずで、焦って引きおろしたり解約する必要はなかった。しかし、それを知っていた人でもATMへの長蛇の列を見て冷静にはいられなくなった、という。人間の心の脆さなのだろう。
情報発信者は客観的立場から「裏付け」を取ったものしか発信してはならない。この言葉は音楽評論家伊藤正則氏の言葉だが僕はジャーナリズムの原点だと思っている。

注目したいのは30年の時間の違いは「情報到達」のスピードを大きく変えたことだ。計算上、最初のチェーンメール1通が日本中に行き渡るのに11時間だそうだ。
2003年頃は飛躍的にインターネット人口が増えた時期である。ブロードバンドの登場で快適高速化し、携帯キャリアからのエントリーも莫大なスピードで増えていった。この年はインターネット普及率が国民の60%を超えた年である。それだけにネットに乗ると様々な手法で拡散されたことが特徴。
メールからメーリングリストで不特定多数に読まれ転送されたし、この時代はまだ多かったBBSにも書き込まれた。豊川信金事件の時代はそのエリア以外の人々にはほとんど伝わらなかった情報が、現代は一瞬で世界から見られる時代になったのだ。
ネットは世界に繋がっている。だからアドレスにWWW(World Wide Web)とあるのだ。

そろそろ今回はここら辺でキーボードを止めたいと思うのだが、改めてネット普及率の推移を見てみると僕が始めた97年頃というのは10%未満だったのな。世間で言う「マニアの部類」に完全に入ってる。こんだけしかユーザーいないのに凄く「ワクワク感」があって夢中になってた。
この頃、ネットを始めた人ってダイアルアップで凄く不自由しながらネットとコンピュータに食らい付いてたんだよね。反面、ネットの仕組みを知ってうまく使う知恵を絞ったり、ネチケットやウイルスの情報がマニュアルに掲載されていたりと勉強するチャンスがいっぱいあった。
今のPCってマニュアルも凄く簡素化されていて、あれじゃマトモな知識が身に付かないと思う。そもそもネットはセットなんだからビギナー用のテキストは絶対必要だと思うのだ。

じゃ最後にチェーンメールをWikipediaでは実例を幾つか掲載しているがその注釈にこう書かれている。
それを紹介して終わりたいと思う。

『この記事は犯罪の手口を示しています。実行した場合は罰せられます』

参考文献

伊藤正則 断言(1993年)
伊藤陽一・小川浩一・榊博文 「デマの研究:愛知県豊川信用金庫"取り付け"騒ぎの現地調査」『総合ジャーナリズム研究』69号(1974年)

参考資料

『共済に消えた責任 ~佐賀 地方経済からの報告~』
佐銀取り付け騒ぎ
2ちゃんねる ○賀○行いよいよ倒産なの??

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情報難民、情報弱者
2011-04-02 Sat 14:45
我々は「食事によって生きている」と同時に「情報を食べて生きている」
朝起きて寝るまでに一体どれ位の情報に接しているだろうか。
我が家は朝起きるとまずコンピュータを立ち上げるのが日課になっている。もう10年以上この習慣だろう。ニュースソースはネットか新聞が大半になった。逆にテレビはほとんど見ない。今日はまだ電源を一回も入れていない。
情報化時代と言われだしたのは最近のことではない。恐らく、何時の時代も新鮮なニュースは人々が競って欲しがるものだったと想像できる。何故なら命に関わる重要な事柄が昔の方が多かったからだ。
情報インフラの整備というのは国家を挙げて行われるものだ。これが最初に行われたのは明治時代であろう。というのも日露戦争の暗雲が立ち込めていたからである。日本は日露戦争において最新兵器だった無線電信機と海底ケーブルによる情報ネットワークを駆使して戦い勝利した。
それから100年以上経た現在、当時とは比較にならないほどのメディアが取り巻いている。かつて情報の発信者は特定の専門職、即ち新聞、ラジオ、テレビ、雑誌という情報発信を職業とする者が一方的に発信してきた。これらについては後述するが、こういう媒体にはある程度の情報発信者としての義務、社会的責任を根底とする節度ある情報発信がなされる素地があった。
しかし、インターネットが登場して時代は変化した。
情報受信者だった者が発信者の側にも立てるようになったのである。
僕がインターネットに初めて接した時期というのは、サイトを構築するのにブラウザのプログラム言語になっているHTML言語を理解して使わなければならなかった。掲示板もPerl言語を理解しないと作れなかった。他にもJAVAスクリプトやFlashのスクリプトが使えないと満足できるサイトにはならない時代で、非常に敷居が高かった。そういう状況であったので専門色の強いサイトが多かった、という印象を持っている。つまり知の集合体だったのである。

ブログは不要なのか?

しかしSNSが登場しプログが一般化すると敷居が一気に下がり、Twitterが出た頃には更に一般化が加速した。
実は自分のブログで「ブログ不要説」を書いたことがある。
今でもあまりこの意見は変化していないが、その理由はあまりに「不確定な情報や無意味な情報が多い」ことに尽きる。
ブログが登場して1年くらい経つと、特定の情報検索で必要ないページがどっさりヒットするようになった。マイナス検索やフレーズ検索を加えても調べたい条件によっては篩いに掛けることが難しい場合も多かった。また、有用なブログにヒットしても体系的にカテゴライズしていなければ過去記事を繰って行くしかなく煩わしいことこの上なかった。
検索者がどういう風に感じるか、それを感じないいわゆる「情報発信の素人」が作るブログは邪魔に思えたのだ。自由に発言できる「自由の裏側に義務と責任がある」ということが抜け落ちているからかも知れない。
そもそも全く知らない人の日常を綴る「日記」なんてものに全く興味がなかった。要するにブログの中心を占める「日記」のカテゴリーは氏んで欲しい、くらい思っていた。

噂話

情報社会において真実も嘘も同時に発信されている。嘘には「思い違い」から「悪意」まで温度差があるにせよ、それは誤った情報に違いない。
例えば数年前こんな噂話があった。
「別府湾を震源とする震度8の地震が年末頃起きる」というもの。
会社に出勤すると何人か集まって話している。何だか深刻そうなので訊ねるとこういう話だった。
僕はおかしい、と思った。震度8という基準はないからだ。
マグニチュードの間違いでは?と思ったがソースの出所が気になった。
「その情報は気象庁か専門機関からの発表?」
すると返ってきた答えは「細木和子が言ったらしい」と言われ笑ってしまった。
あの人は元々好きではないが(ハッキリ言うと大嫌い)所詮占い師が言うこと。地震を予言するなどもはや占い師の領域ではない。しかも「らしい」という噂話の域を超えない情報に大の大人が深刻になっていたのだ。どうも小学生を中心に広まったデマで、これには他の地域のバリエーションもあったようだ。
見逃せないのはこのデマによってホテルなどのキャンセルが少なからずあって、経済的に被害があったことだ。
冷静に考えればわかるのだが、日本に住んでいる以上地震は何時来てもおかしくない。それに対して常に準備しておくだけのことだ。
しかし何故こんな簡単なデマに引っ掛かったのだろう。しかもこの手のデマは一定の周期で出回っているようで、その度に右往左往するようでは本当に冷静な判断などできるのだろうか。
この嘘を見抜く第1のラインは、先述したように「震度8」がないということだが、知っていればある程度防げたと思われる。もっと言えば震度の計算方法を知っていれば震度8は物理的に起こり得ない地震だということもわかったはずだ。
第2のラインはこれだけ重大な情報ならビッグニュースなのにニュースになっていないことだ。残念ながら地震大国で地震研究が進んでいる日本の技術を以ってもピンポイントで地震を予測するなど不可能なのだ。このデマを見抜くにはたった2つ知識があれば確実に見抜けるものだった。
むしろ地震とは切っても切れない国民がこういう知識を持ち合わせていないことの方が恐ろしかった。

ソースチェックは「外在的チェック」である。幾つかの揺ぎ無い情報を元に分析する方法だが、もうひとつは「内在的チェック」である。情報の内容を現実的かどうか判断する方法なのだが、この噂の場合「占い師の予言」の部分が「内在的チェック」に当たるだろう。占い師が言うことに科学的根拠は持ち合わせていないことから「デマ」と判断できた。逆にそれらを持ち合わせていなければ「日本は地震大国」だからこの噂に翻弄される1人だったかも知れない。
このとき一刀両断に「単なる噂話だから気にするな」とした。バッサリやることで話は終息したのだが、もし和を重んじて「もしかしたら」などという曖昧な表現を用いていればまだこの話は引き伸ばされたと思う。

Twitterは諸刃の刃たるか

さて、先の噂はチェーンメールが元だったことがわかっている。聞いた話ではその年頃の児童をもつ母親の間で広まったようだ。現在はTwitterによってその情報の広まりが爆発的になった。正しい情報も嘘の情報も同時にばら撒かれていく。特にRT(リツイート)で簡単に他人の発言を引用できるためもの凄い勢いで情報が拡散される。
もともとTwitterはデマを制限できるメディアではない。140文字という制限の中で呟くゆるいネットワークだ。だからこの特性を知らずに使うと悪いことも甘受することになる。
公式RTでやれ、という発言をご覧になっただろうか。これはタイムライン上でみるとデマに対してツッコミが入るのが「時系列」でわかるため嘘の情報と注意していれば判別できるのに対し、非公式RTを使うとTLが複数存在するため判別し難くなるからだ。また公式RTは初めの発言者が特定できるので、その発言を削除すればRTは全て削除される仕組み。
Twitterによって助かった命もある。津波が押し寄せてくる光景を生々しく伝えたものもあった。
実はTwitterを始めとするネットメディアは文字データが基本であるため、非常にデータが軽い。そのため通話はできなくてもメールやネットは繋がった。
既存のメディアよりより早く情報が駆け巡ったのである。その立役者は携帯電話である。
今回の震災は津波の被害が大きい。これが過去の震災とは大きく異なり救助を難しくしていると考えられる。何故なら本来そこにあるべき建物がそこにはない可能性が高いからだ。全く違う場所に移動していることは十分にある。そこで有効と考えられるのがスマートフォンのGPSアプリだ。
携帯電話からGPSデータを付けてツイートすればかなりの確立で救助されると考えられる。その際に救助要請のハッシュタグ#j_j_helpmeを付けて呟けば「検索」によって呟きが発見される可能性は更に高い。
ただし救助された場合は自分の発言を削除することは忘れないように。
こういう災害の時、携帯端末は強力な武器になり得る。バッテリーの問題さえなければテレビの視聴もでき、ラジオ付きならそれも可能だ(バッテリーを心配するならラジオ)。ネットに繋がればネットニュースで情報をを得ることもできる。
今回の震災でスタートしたサービスのリンクを幾つかご紹介したい。

NTTデータ sinsai.info
株式会社コロプラ
 「停電チェッカー」「位置登録実績MAP」の提供
Google自動車・通行実績情報マップ
 パイオニア「スマートループ渋滞情報」本田技研「インターナビ」トヨタ自動車「G-BOOK」日産自動車「カーウイングス」それぞれの走行実績データを特定非営利活動法人 ITS Japanが集約したデータをGoogle Map上に表示

短期間に各社が提供をスタートさせたサービスは多い。特にGoogleのサービスは目を見張るものがある。
日立製作所とMicrosoftは共にクラウドコンピューティングシステムの増強で支援している。
我々は知らなければならないことが沢山ある。それを知るにはインターネットで検索するだけで良い、というのも事実なのだ。
一気に書こうかと思っていたが長くなってきたので、続きは次回に譲ることにする。
今回の最後に。
デマは何故起こるのか、ということに言及して〆たいと思う。
ウイルスには2種類ある。PCを直接破壊するタイプと間接破壊するものである。
よく知られるトロイ型ウイルスはコンピュータの破壊を目的とするが、サーバに負担を掛けてパンクさせるのもウイルスの1種である。一般的にメールアタックなどと呼ばれるが短時間に大量のメールを送り付けてメールサーバをパンクさせるのである。チェーンメールもある意味それに近い。
非常時にそれを出す発信者というのはネット環境に負荷を掛ける意図は程度の差こそあれ存在する。しかもそれに加担する人々の多くは善意である。それを重々承知した上で「もっともらしい修飾をつけたメール」を出すのである。デマは逆に人の不安に付け込んで行われる。
どちらも人の心を弄んで楽しむのが目的であり、ソースが確定できない情報や、至急何人に送れ、などという内容のメールは例え中身が良さそうなことでも出したり拡散しないようにするのがネット社会のセオリーだ。Twitterでも拡散に加担すると有用な情報が埋もれてしまう。
余計な負担を掛け悪の手先にならないよう思慮深い行動が必要だ。

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